◆薄〇鬼NL小説◆
□【SSL原千+逆ハー】千鶴ちゃんがスイッチを買ってもらう話
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「千鶴っ……! スイッチ欲しかったんなら、俺に言ってくれれば二台目貸してやったのに……! ソフトだって、あた森でも武器盾でも移植のバイオ災害だって、なんでも貸せるのに……!」
「ちょっとそこのゲームオタクうるさいんだけど」
「千鶴と二人で朝までバイオとか……! そんなん楽しいに決まってんだろ……!」
沖田の横やりをものともせず、藤堂は瞳を輝かせながら楽しげな空想にふけりはじめた。彼らしくいたって健全な。しかし、言い方が悪かったのか予期せぬ災難を招いてしまう。
「朝まで……だと?」
駆逐すべきライバルの気配を察知したのか、どこからともなく齋藤が現れた。風紀委員である彼は眦を吊り上げ藤堂に詰め寄る。
「女子である雪村と朝までなど、不純異性交遊だぞ平助……!」
「えっでもゲームするだけだよね」
すかさず沖田が突っ込みを入れるが、齋藤はめげない。
「そのような言い訳など誰が信じるか。彼氏とのお泊りを文芸砲されたアイドルのような弁明など、俺は認めぬぞ」
誠実な瞳で嘘偽りなく奇想天外な主張を繰り出す齋藤だが、その露骨さに主に沖田を呆れさせてしまう。
「一君ってムッツリだよね、知ってたけどさ」
「なっ、何言ってんだよ一君! ゲームするだけでやましい気持ちはないぜ! ……俺はただ千鶴と一緒にいられるだけで満足だし」
齋藤に水を向けられて頬を染めて恥じらうピュアな藤堂に、沖田は「カマトトぶってんじゃねぇよ」と冷めた目を向けるが。そんな沖田よりも早く突っ込みを入れたのは齋藤だった。
「そんな寝言など信じられるか。男の絶対に何もしないなど絶対に嘘だろう。一緒にいられるだけで満足も同様だ」
「ねぇ一君さっきから発言おかしくない?」
さきほどから予想だにしない下ネタをぶっこんでくる齋藤に、さすがの沖田も疑問を呈する。
「つかひでぇ濡れ衣じゃね!? 一君の願望を俺にかぶせるのやめて欲しいんだけど!」
まだやってもいないことを責められて、さすがに腹が立ったのか藤堂もまた齋藤に食ってかかった。
「なっ、俺はただこの学園の風紀を守るためにだな……!」
「なんだよ、じゃあ一君も一緒に来て一緒にやればいいじゃん! それならいいだろ!?」
「なっ、さ、三人プレイだと! はっ、破廉恥な!」
顔を赤くしながら、齋藤はかっと目を見開く。
「ねぇ一君さぁもう黙ったら? 君の風紀が一番乱れてるし」
沖田の文句など一切聞かず、齋藤と藤堂はくだらない口喧嘩をし始めた。
千鶴本人には聞かせられない思春期の男子同士のしょうもない争いを繰り広げる。
「――まったくだぜ。しっかしお前ら教師の俺の前でなんつー話を」
少しは自重してくれとばかりに原田は苦笑するが、これが薄桜学園の一部の男子生徒の日常だった。煩悩にまみれたエネルギーのありあまる毎日。
こんな彼らをまとめなければならない土方が鬼と化してしまうのも仕方なく、齋藤は芸能ニュースの見すぎである。
「シッ静かに左之さん、千鶴ちゃんこっち来た」
喧騒の中でも千鶴に人一倍注意を払っていた沖田が原田を制する。
沖田の言った通りに。紙袋に入ったゲーム機を嬉しそうに抱きしめている千鶴が、足取りも軽やかにこちらにやってきた。
「一君も平助も邪魔しないでよ。まず僕が自然に話題を」
イケメンの面目躍如とばかりに、沖田は黒く輝く笑顔を浮かべて舌なめずりをする。ネギを背負ったカモならぬ、スイッチを抱えたツルを捕食する気満々だ。
齋藤や藤堂も大概だが、沖田のタチの悪さもなかなかだった。
その確実な実行力はやはり脅威で、原田はなんともいえない気持ちになってしまう。なんとなく苛立つような、妨害してやりたくなるような。
千鶴に下心満載で近寄る男はやはり気に入らない、それが原田の本音だったが。
「…………」
そんなことを教え子たちの前で口に出せるはずもなく、千鶴に駆け寄ろうとする沖田の背を原田は黙って見送る。
「ねぇ、千鶴ちゃん――」
しかし。沖田が千鶴に声を掛けようとしたそのとき、どこからか高笑いが聞こえてきた。
「――フハハハハ!! 我が妻よ」
「うわっ面倒くさいの来た」
正直すぎる本音を漏らし、沖田は突如現れた風雲児に半眼を向ける。
あったかもしれない自然な雰囲気をぶちこわし、全てをなぎ倒していく生徒会長風間の登場である。今日はお付きの二人はいないようで一人だった。
「かっ、風間さん!」
突如出現したまごうことなき厄災に、千鶴は驚き後ずさる。
明らかに警戒し今にも逃げ出そうとしている様子だが、風間はめげない。優雅に両手を広げながら千鶴に向かって進んでいく。
「――まさかお前がそのような児戯のごとき娯楽を嗜むとはな。しかしお前が望むのなら、我が風間家の大画面のティーヴィーでそのゲェムをプレイすることを許してやろう。週末に我が家に来るがいい。心尽くしの茶と菓子を俺が特別に振舞ってやる」
こう見えても実家は茶道の家元という御曹司。口説きも彼らしい魅力があったが、その強すぎる押し出しが全てを台無しにしている。
「あっあの、風間先輩……」
返答に困った千鶴はスイッチを抱きしめながらうろたえるが、さすがにここまで騒ぎが大きくなれば、あの彼が黙っていなかった。
「――おい風間! てめぇ雪村をたぶらかすんじゃねぇぞ!」
そう、さきほどまで千鶴と一緒にいた土方だ。土方は足早に千鶴の方にやってくると、怯える彼女をかばうように風間の前に立ちふさがった。
あからさまに邪険にされた風間は不快感を露わにする。
「……生徒同士の健全な交流だ。教師が口を出すな。そこをどけ土方」
「ふざけんな、テメェは俺とタメだろうが! ちっとも健全じゃねぇんだよ!」
実は風間と土方は大学の同期で、風間はわけあって高校に再入学している年齢不詳の生徒会長なのだが、その件に関しては説明すると長いので割愛する。
「――薄桜学園の名を汚す振る舞いは許さねぇぞ、風間。この学園の教師として風紀委員の顧問として、お前の好きにはさせねぇ!」
威圧感を全開にして土方は啖呵を切る。『武士であるならば名を惜しめ!』豪快な誰かの姿が一瞬だけ土方に重なるが、それに気づけるのは、ここにはいない龍之介ショップの店長くらいだろう。
齋藤と藤堂に引き続き、土方と風間も不毛な口喧嘩を始めてしまった。
自分をきっかけに巻き起こる騒動に戸惑う千鶴だが、喧嘩を止めるにしても特に土方と風間の喧嘩は止めようがなく、どうしていいかわからなくなってしまう。
「あのっ……。土方先生、風間先輩……」
するとそのとき、千鶴のスマホが鳴った。
「……あっ、薫からラインだ。……えっ、今から三十分以内に猫缶買ってそっち持っていくの」
異様にタイミングよく届いた薫からのライン。いささか邪気を感じるが千鶴の窮地を救うような。
もしかしなくても、どこかからこちらの様子を伺っていたのだろうか。
予想だにしないタイミングで不思議な用事を言いつけられて、しかし千鶴はこの場から逃げ出すチャンスだと判断したのか、未だに喧嘩を続ける土方と風間に向かって声を張り上げた。
「あのっ! すみませんお二人とも! 私ちょっと薫のウーバーイーツしに行かなくちゃいけなくて……!」
しかし千鶴の言葉には気づかず、土方と風間は何の生産性もない喧嘩を続ける。千鶴は完全に蚊帳の外だ。
「す、すみませんが、本日はこれで失礼しますっ!」
しかし千鶴はスルーされているのをいいことに、それだけ言いおいてその場から駆けだしてしまう。
薄桜学園唯一の女生徒として、つまり現代の壬生狼の群れで暮らす唯一の子ウサギとして。
集中砲火のごとく降りかかる災難から逃れるために鍛えられた、千鶴の逃げ足の速さは驚異的だった。まさに脱兎のごとく、あっという間に姿をくらませてしまう。
土方と風間はいまだに不毛な喧嘩を続けているが、それは齋藤と藤堂の二人も同様だった。
意地の張り合いで引くに引けなくなっており、四人は肝心の千鶴がいなくなったことにも気づいていないようだった。
「――逃げられちゃった、あーあ。せっかく声かけようと思ったのに」
「ま、仕方ねぇだろ」
そんな中、沖田はあからさまに残念そうに唇を尖らせ、原田はどことなくほっとした様子を見せる。
いまだに喧嘩を続ける男たち四人を尻目に、この場に留まる理由を完全に失った沖田は、あっさりと踵を返した。
「千鶴ちゃんいないんなら僕はもういいや。じゃあね、左之先生さようなら」
驚くべき変わり身の早さで、原田に手を振ってスタスタと歩き出す。向かう先は下駄箱だろうか。
「おう、気ぃつけてな」
そんな彼を原田は教師らしく見送るが、その優しげな面差しに張り付けられていた笑みは、すぐに消えてしまう。
いまだ去らぬ喧騒の中、原田は不意に数日前の出来事を思い出していた。
時間は、永倉が間違ってスイッチを買ってきた日の夕方に巻き戻る。
仕事を終えた原田は永倉や土方と別れ、一人帰路についていた。ひんやりとした風が頬を撫で、原田は意味もなく立ち止まり空を見上げる。
すると、珍しい人物に声を掛けられた。
「――おや原田先生、今お帰りですか」
「山南さん」
山南は周囲に他に人がいないのを確認すると、原田に近づき声を潜めて話しかけてきた。
「……例の件ですが、本当に進めてしまってよいのですか?」
「ああ、構わねぇ」
「取り消すなら今のうちですよ、今ならまだ間に合います。私がこんなことを言うのもおかしな話ですが、原田くん、君は」
「いや、本当にいいんだ。山南さん。芹沢さんにも伝えてくれ」
「そうですか……」
いやにかたくなな原田に山南は寂しげに笑う。まるで旧友との離別を惜しむかのように。
「決意は固いようですね 君をそうさせる何かがあるんですか? 仕事よりも大切にしたい誰かをついに見つけたと」
「さぁ? 何のことだかわからねぇな」
これまでは『外の世界を見るのも悪くないと思ったから』と言い訳していたが、やはり策士の山南はそんな嘘では騙せないようだ。
けれど、今はまだ自分の本心は誰にも知られるわけにはいかなかった。
「……らしくねぇぜ、山南さん。いつものあんたなら他人の事情なんかより、自分の都合を優先するんじゃねぇのか」
「おや、心外ですね。原田先生。私ほど他者への思いやりに溢れた人間はそういないと思うのですが」
「……」
最高の皮肉だなと思うが、そんなことをわざわざ口にする原田ではない。原田は山南に無言を返した。
「それでは君の決意のほどを皆さんにお伝えしますよ。……それでは私はこれで失礼しますね、原田先生」
軽い会釈をして、山南は原田とは別方向に去ってゆく。
一人になった原田は、再び空を見上げた。美しい夕焼け空だ。茜色の空を目にするとどうしても、密かな想い人のことを思い出してしまう。
「……千鶴」
そのつぶやきは誰に届くこともなく、訪れ始めた夜の気配に溶け消える。
***
喧騒を抜けて。血気盛んな狼たちから逃げ切った千鶴は、帰宅するべく一人校門に向かっていた。
「スイッチ嬉しいな、なんのソフト買おうかな。土方先生にもお礼しないと」
ニコニコと嬉しそうにひとりごとを口にする姿は、可憐な少女そのものだ。なぜか制服に猫の毛が大量についているが、それは些末なことだろう。
そんな彼女を原田は遠くから見守っていた。また不届きな連中がゲーム機を抱える千鶴に絡んだら、すかさず仲裁に入るつもりだった。
本当は原田自身も「ソフトなら買ってやるから俺と一緒にやろうぜ」くらいのことは言いたかったが、教師として大人として自重していた。
もどかしい気持ちもあるけど、それもあと少し。そう。彼女に自分の気持ちを告げたいがために受けた、あの話が本決まりになるまでは。
「……まさかここにきて女のために転勤願いを出すことになるとはな」
とはいえ仕事より人としての幸せを優先するのは、自分らしい気もする。
転勤が決まれば気持ちのままに動けるようになる。教師と生徒じゃなく、だだの男と女として。
原田はそれを心待ちにしていた。
「――覚悟してろよ、千鶴」
今はまだ背中を見送るだけだけど、いつかは。
end
次あとがきです