◆薄〇鬼NL小説◆
□【SSL原千+逆ハー】千鶴ちゃんがスイッチを買ってもらう話
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「だぁああああっそんなんアリかああよおおお!! 最後の追い込みで抜かれるなんて、これで何度目だよ!!」
「また負けちまったのか? 新八、お前も懲りねぇな」
頭を抱えた永倉が絶叫した数瞬後に、原田の飄々とした慰めの声がかかる。
薄桜学園の職員室は休日らしくほぼ無人で、今この場にいるのも永倉と原田の二人だけだった。
その環境に甘えて堂々と永倉は競馬中継を聞いていたが、今日も負けてしまったらしい。
「ま、ほどほどにしとけよ? 金なら貸さねぇからな」
「ひっ、ひでぇぜ左之! 俺とお前の仲じゃねぇか! ならせめて飯を奢って……」
先んじて釘をさす原田に、永倉はこりもせずたかろうとする。気の置けない二人のいつもの光景だが。
「――いい加減にしろ新八! 校内で競馬中継を聞くんじゃねぇ! これで何度目だ!」
タイミングよくお馴染みの怒声が響き、職員室の引き戸が乱暴に開く。不機嫌そうなしかめっ面で入ってきたのは、この学園の教頭の土方だった。
「どぁああああ土方さん!! 今日は休みのはずじゃ」
突然の土方の登場に永倉は慌ててイヤホンを外し、なけなしの体裁を整える。
「休むつもりだったんだがな、理事長命令で月曜の朝イチから役所の会議に出なきゃならなくなったんだよ。だからその準備をしにきた」
土方は自分の席に座り、パソコンを起動する。画面の点灯を待つ間、引き出しから書類の入ったクリアファイルを取り出して、パラパラと中身をチェックした。
「理事長命令って……。芹沢さんか」
いつも以上に不機嫌な土方に、原田は心配そうに声をかける。
「ああ。今から書類作成だ。全く、いつもいつも余計な仕事を増やしやがって」
「大変だな……。何か手伝えることがあったら言ってくれよ」
「ありがとよ。じゃあ悪いが備品の買い出しを頼みてぇんだが……おい新八!」
「え〜! 俺かよっ!」
原田の気遣いに土方の怒りも和らいだかと思いきや。今日もまた永倉が土方の不機嫌の犠牲となる。
「当たり前だろうが! 競馬中継聞いてる暇があるんなら働きやがれっ!」
土方は永倉を叱りながらも手近なメモ用紙にさらさらとペンを走らせる。何事かを書きつけたあと、二つ折りにして永倉に差し出した。
「今すぐじゃなくていいが、今日の夕方までには買ってきてくれ」
今は昼過ぎだ。買い物をする時間は充分にある。
「必要な金は後で渡すから、レシートか領収もらっとけよ」
「へ〜い。仕方ねぇなあ」
競馬で負けたショックが尾を引いているのか、永倉はふてくされた様子だ。不承不承にメモを受け取り、中身も見ずに机上に投げ置く。
そんな三人のもとに意外な人物が現れた。
「――あれ、どうしたんですか? 先生たち三人揃って騒々しい」
沖田総司だ。この学園の生徒であり、土方の昔からの知人でもある。
とはいえ生徒である彼に大人の下らない事情を聞かせるわけにもいかず、原田は苦笑して返事を濁す。
「いや、なんでもねぇぜ。そういうお前こそどうしたんだよ」
「ちょっと数学のわからない問題があって、教えてもらおうと思って」
「数学? ってことは俺かぁ?」
自分の担当教科を呼ばれた永倉が顔を上げ、沖田の方を見る。
「そうです」
沖田はニンマリと楽しげな笑みを浮かべるが、ここにきて再び土方の不機嫌がぶり返した。
「……総司テメェ、休日までわざわざ質問しにこんなとこまで来るとは、熱心じゃねぇか」
「部活の帰りにちょっと寄っただけですよ、何か文句でもあるんですか? 土方先生」
「あるに決まってんだろ!? 総司テメェ数学はいつもいい点取ってるくせによぉ……。そっち極めてる暇があるんなら、いつも赤点の古典の勉強をしやがれ!」
古典は土方の担当教科だ。沖田は数学を含めた他教科の成績はいいが、古典だけは違った。
テストでは毎回まるで土方をおちょくるように、落書きだらけの白紙の答案を出してくる。
「へぇっ……。じゃあ土方さんは今から僕の面倒見てくれるんですか? 芹沢さんに言われた仕事をしなきゃいけないって言ってませんでしたっけ」
「総司……! いい度胸じゃねぇかテメェ、今日という今日は……!」
自席から荒々しく立ち上がり、土方は握り拳を作る。このままでは喧嘩になりそうだ。
薄桜学園は教師も生徒も血の気が多いが、さすがに職員室で教師と生徒が乱闘騒ぎは勘弁願いたく、すかさず原田が仲裁に入った。
「まぁまぁ土方さん、今日は仕方ねぇじゃねぇか。総司の相手は新八に任せて、ひとまず土方さんは土方さんの仕事やってくれよ」
「っ、だがな原田」
さすがにこれ以上の揉め事は遠慮したいと思ったのか、永倉も土方をなだめようとする。
「さ、左之の言うとおりだぜ、土方さん! ここは俺らに任せて、土方さんは土方さんの大事な仕事をだな……」
「……確かにそうだな」
二人に持ち上げられて気を良くしたのか、土方は冷静さを取り戻す。
すると、タイミングよく土方のスマホが震えた。土方はスラックスのポケットからスマホを取り出すと、画面を確認する。
「……っと、近藤さんから電話だ」
その瞬間、沖田の表情がわずかに変わった。一瞬だけ笑みが消え表情が強張る。けれど沖田の変化はこの場にいる誰も気がつかない。
「悪いな、永倉に原田……。ちょっと席を外させてもらうぜ。おい総司! テメェはあとで覚えてろよ!」
いかにもな捨て台詞を言い置いて、土方は慌ただしく職員室から出て行く。
言動はさながら不良の兄貴分のようだが、土方はこう見えても薄桜学園の教頭だ。わざわざ場所を変えるということは、校長である近藤と込み入った話でもするのだろう。
沖田に永倉に原田の三人は揃って土方の背を見送った。彼が完全に去ったのを見計らい、原田は改めて口を開く。
「……はぁ、ったく、誤魔化すのも一苦労だぜ。新八も総司も、もう少し土方さんの立場ってもんをだな」
「えー別にそんなの僕に関係ないし。そんなことより新八さん、この問題教えてよ」
「こら総司! 学校では新八先生って呼べって言ってんだろ!」
「はいはい。新八せんせー教えてくださーい」
「おうよ! 2年2組の新八先生だぜ! 体育じゃなくて数学担当だ。間違えんなよ!」
沖田に棒読みで呼ばれた永倉は、何を思ったのかトレードマークの緑のジャージの胸を張った。そんな彼を沖田は半眼で見つめる。
「……誰に向かって自己紹介してるの新八先生」
相変わらず薄桜学園の職員室は賑やかだ。
その後。沖田の相手をし終えた永倉は、土方に頼まれた備品の買い出しにいそいそと出かけたのだった。
数時間後。
「どういうことだ新八!!」
土方のカミナリが再び職員室に落ちる。
「なんでテメェは学校の金でニムテンドースイッチを買ってきやがった!?」
「だっ、だってよぉ土方さん! 土方さんのメモの最後に、ニムテンドースイッチって赤で書いてあったから」
「ふざけんな!! 俺はそんなことを書いた覚えはねぇ!!」
「ってことは、総司だろうな」
問題のメモを眺めながら、原田はため息をつく。永倉のデスクのメモにイタズラができたのは、あのタイミングで現れた沖田だけだ。
「っ、そうそう! だから俺は悪くねぇって!」
「ふざけんじゃねぇ! 普通おかしいって気づくだろうが! テメェはガキの使い以下か!」
「だ、だってよお、自粛するときに使うかと思ってよぉ」
「お前は何を言ってやがるんだ!?」
土方のデスクの上に堂々と鎮座しているニムテンドースイッチ。つい先ほど永倉が近くの電器屋で買ってきた品である。ちなみに開封済み。
原田は再度ため息をつく。
「新八が買ってすぐ開けなきゃ、返品できたかもしれねぇのになぁ」
「ったく、たかがゲーム機が三万近くしやがる。おい新八、ここは責任取ってお前が自腹切れ」
「なああああっ!! そんな、ひでぇよ土方さん!!」
土方から現代流の切腹を言い渡され、永倉は焦る。給料のほとんどを酒とギャンブルに費やしてしまう永倉にとって、突然の三万の出費は痛かった。
しかし、土方は容赦ない。
「ひどくねぇ! 自業自得だろうが!」
「俺の三万〜! ツケの払いが……! 給料日前だっていうのに鬼だぜ土方さん!」
「うるぜぇ! 俺は学園のためなら地獄の鬼にでもなるんだよ!」
文字通り鬼気迫る形相で、土方は永倉相手に凄む。しかし理由はスイッチ代の三万である。
「諦めろ新八、身銭切って償うんだな」
「さっ左之ぉ」
「いいじゃねぇか。切るのは身銭であって、自分の腹じゃねぇんだから」
気楽な調子で、原田は永倉をなだめるが。
「左之…… お前がそれ言うと洒落にならねえって……」
そう、実際に腹部に大きな傷のある原田が言うと洒落にならない。
スイッチについての土方の説教はまだ続くと思われたが、土方はおもむろに咳払いをすると不自然に視線を泳がせる。
「……だが、今回だけは特別にそのスイッチは俺が買い取ってやる。感謝するんだな」
「え? ……や、やったぜ! すまねぇな土方さん!」
意外な助け舟を出されて安堵する永倉だが、厳しい土方が見せる意外な甘さに原田は訝しむ。
「おいおい、土方さん。正気か?」
鬼の攪乱とはまさにこのことだ。しかし数日後の放課後に、原田は土方の攪乱の理由を知るのだった。
「わぁっ、ニムテンドースイッチ! 本当にいいんですか? 土方先生」
鈴の音が鳴るような可憐なソプラノではしゃぐのは、この学園唯一の女子生徒である雪村千鶴だ。
「……ああ。俺が持ってても仕方ねぇからな、お前にやるよ」
「すごく嬉しいです。ありがとうございます、大切にしますね!」
結局、処分に困ったゲーム機は土方から千鶴への贈り物という形になったのだった。
「ゲーム機本体だけっていうのも格好つかねぇが、福引の特賞で当たったのが本体だけだったんだよ。悪いがソフトは自分で買ってくれ」
「そ、そんな!とんでもないです! 本体が頂けるだけでもすごく嬉しいのに……! 私ずっとスイッチ欲しかったんです。ありがとうございます」
「……礼は禁止だ、こっ恥ずかしいからな」
ひとけのない廊下の片隅で楽しそうにしている土方と千鶴の二人は、さながら乙女ゲームのスチル絵のようだ。
背後は無駄に光り輝き、心なしか土方の頬が桃色に染まって見える。
そんな彼らを遠巻きに見つめる者が数名。藤堂に沖田に原田だ。
「うわっすっげぇ、あの土方先生が笑ってる……。しかもなんか背後にクリスマス会の帰り道が見えるし……」
なぜかスイッチが桜色の貴石のペンダントに見えたが気のせいだと思い直し、藤堂は二人の観察を続ける。
「ちょっとどういうこと? 何で僕の千鶴ちゃんが土方さんなんかとイチャイチャしてるのさ」
「……そりゃあスイッチ代の三万出したのが土方さんだからだろ。つーか、そもそもこんなことになってんのはお前があのメモに」
「やだなぁ左之先生、生徒に責任をなすりつけるの」
「……あのなあ、総司」
沖田と原田もまたくだらないことを囁きあう。
まさに主役カップルを引き立てるモブキャラと化している三名だが、土方たちに気づかれていないのをいいことに、遠慮なく観察を続けていた。
「――でも、スイッチが景品って豪華な福引ですね。どこでやってたんですか?」
世間話のついでに、千鶴は当然の疑問を土方に向ける。
「ああ、近所の商店街でな」
「近所の商店街……? このあたりに商店街なんてありましたっけ」
「おっと違った。親戚の結婚式の二次会の福引だったぜ」
「えっ? え?」
前髪をかき上げながら格好よくホラを吹く土方に、千鶴は戸惑う。
「うわっなんかグレードアップしたほうの言い訳、妙にリアルでムカつくんだけど」
土方の背後に狂い咲く夜桜の幻を見ながら沖田はぶつくさ文句を言う。ちなみに今はまだ昼間だ。
土方の実家は大手の製薬会社だった。その親類の結婚式なら福引の景品が豪華でもおかしくない気がする。
「……さすが土方さん、抜け目ねぇな」
転んでもただでは起きないたくましい商魂を感じ、原田は唖然とする。あれだけの図太さがあれば、実家の製薬会社に出戻ってもきっとやっていけるはずだ。