短編

□あついあつい。
1ページ/1ページ


暑い。
日差しが照りつける朝の登校時に私はぐったりしていた。
朝からこんなに暑かったらお昼はどうなるんだ。きっと溶けてなくなる。
早く教室に行きたい。クーラーの効いた教室で寝てやるんだ。
そう思いながら下駄箱に着いた私は上履きを取りだしてそれに履き替える。そうしていると目の前に2色の頭が現れたのでその人物に思い切りタックルをかましてやった。
「おはよう!」
「っ!?」
ドンっとぶつかると彼、轟焦凍は少しだけ前につんのめってすぐに態勢を戻した。
さすが焦凍。不意打ちをしても私程度のタックルじゃなかなか動じなようで、ちょっと悔しい。
「ナマエか...」
「うん、ナマエちゃんだよ」
そう笑えば朝から元気だと軽く笑われた。
「今日も暑いねー。」
「夏だからな」
「早く夏終わって欲しいなー。私冬の方がすき」
「へぇ」
そんな感じでどうでもいい会話をしながら教室への道のりを歩く。
隣の焦凍を見ればこんなに暑いというのに汗をかいていなくて、とても涼しそうにしていた。
「ちょっと、なんでそんな涼しそうなの.....あ、」
そういえば。私は焦凍の右手を取って頬に当てた。
それはひんやりとしいてとても気持ちがよかった。
何でもっと早く気づかなかったんだろう。こんな近くに涼める人がいたなんて。
焦凍のひんやりとした手の気持ちよさに浸っているとむにっと頬を抓られた。
「.....なに?」
痛いよ、そう言って彼を軽く睨めば何でもねぇ、と私の頬をすりすりと撫で始める。
それに更に気持ちよくなって歩きながら寝てしまいそうだと言えば、転けてもいいなら寝たらいいだろと焦凍が笑う。
「えー、それは痛いからやだー」
「つかもう教室着いたぞ」
そう言いながら戸を開けて教室に入ってく焦凍。
さっきまで私の頬にあった手はするりと離れていった。
そのことに名残惜しく思いながら私も続いて歩みを進める。
「うわ、教室ぬるい...」
中に入ると廊下よりは幾分か涼しくはあったが入った瞬間の空気がもわっとしていて気持ち悪かった。
「おはよう、ナマエちゃん!」
「おはよう!お茶子ちゃん」
元気よく挨拶をしてくれたお茶子ちゃんに私も挨拶を返す。お互いに今日も暑いね、なんてくだらないことを話した。
こんな感じの会話、朝も焦凍としたなぁ。
「あー、」
思わず声を漏らせばお茶子ちゃんはどうしたん?と顔を覗き込んできた。いきなり変な声を出した私を心配したのかその表情は眉が下がっていて心配してくれているのだと分かる。
そんな彼女に私は軽く微笑んで答えた。
「焦凍の右手、冷たくて気持ちよかったなぁって思い出してた」
そう話せばお茶子ちゃんは目をキラキラさせていいなぁ、と言った。
「でも轟くんがそうやってしてくれるのってきっとナマエちゃんだけやね!彼女の特権!!」
「え、」
そうか....。私だけか。焦凍はモテるけどそんな彼にあんな風に扱ってもらえるのは私だけなんだ。
そう考えると優越感と満足感で心が満たされていった。
ふと焦凍の席の方をみると上鳴と切島が焦凍に何やら頼み込んでいるのが見えた。
耳を澄ますとどうやら右手を貸してくれと言っているようだった。
「二人とも必死だ.....」
いつの間にか私と同じ方を眺めていたお茶子ちゃんがそう言って笑った。
私も一緒に笑っていると焦凍と目が合ったので軽く手を振る。
すると彼がこちらをじっと見た後、上鳴と切島に言った。
「悪ぃが、お前らに触りたいとは思えねぇ」
なかなか辛辣な言葉であった。
きつい。非常にきついぞ、その言葉。
余りにも辛辣な言葉に私とお茶子ちゃんの顔が固まる。
そんなことを言われた本人達も白目になって固まっている。かわいそうに。
焦凍ってば容赦ない。
意識を失いかけている二人に気がついたのか少し考えて焦凍は口を開いた。
「...いや、すまん。そういう意味じゃねぇ。」
そう口にしてまたしばらく黙って考えてから話し始める。
「....俺がそう思うのはあいつしかいねぇから」
指を指しながらそう答えた焦凍。
その答えを聞いた2人とお茶子ちゃんが指された方を見る。
3人、というよりさっきまでの会話を聞いていたクラスの面々の視線が私を見ていた。
待って。何この状況。公開処刑かな....。皆の前でそんなこと言うなんて反則だよね。
恥ずかしさで埋まりたい気分だった。
「.......え、あの...」
私が何も言えずにいると何処からともなくリア充め、と言葉が投げられた。それを皮切りに教室が先程より少しだけ騒がしくなる。
「ちょっとナマエちゃん!!聞いた!?今の聞いた!?」
「聞いたよ....うん。お茶子ちゃん、落ち着こう」
きゃー、と言いながら私の肩をガクガク揺らすお茶子ちゃんを宥めるが全く聞き入れてくれなかった。ちくしょう。
女子からキャーキャーとはやし立てられる私と、男子からノロケかよとブーイングをくらう焦凍。
そんな騒ぎを起こした張本人は至って普通の顔をしていた。
涼し気な顔しやがって。こっちはあんたのせいで熱くて仕方ないのに。
さっきまで焦凍のおかげで涼しかったはずが今は全身が熱くて熱くて。肌にはじんわりと汗をかいていて。
「あぁ...もうほんと...」


あつい。





.

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ