【short/他】

□一夜を共にした人は会社の上司でした
4ページ/13ページ

A



ひょんな事からバーで出会った松川さんは同じ会社で、しかも自分の直属の上司だった。
以前、本社の人が転勤してくるとか言ってたのを思い出した。誰が転勤してくるなんて特に気にしてなかったし、普通に聞き流してた。
ベロベロに酔った挙句、初対面の松川さんの家にお邪魔して朝ご飯も作ってもらって・・・仕舞いには会社まで送ってもらった。一線を越えなかったものの、これからどんな顔をすればいいのか分からなかった・・・。


「ここいい?」
『あ、はい・・・って、松川課長!!』


たった今、悩みの対象人物が自分の目の前に座って私の動悸が早くなった。


「今更役職で呼ばれるの慣れないから今まで通り呼んでよ」
『あ、はい』
「ここの社食美味しいね」
『そ、そうなんですよ。腕がいい料理人を雇ったとかで・・・』
「なるほどね」


一緒にいる時はよく見てなかったけど松川さんって結構カッコイイ人だな・・・背も高いし・・・。あ、箸使いも綺麗・・・。なるほど・・・これはモテるな・・・。


「・・・そんなに見られたら照れるんだけど」
『あ!すみません・・・っ、かっこよくってつい』
「あはは。お世辞でも嬉しいよ、ありがとう」
『・・・お世辞じゃないです』
「え?」
『い、いえ、何でもないです・・・っ。すみません、先に行きますねっ』


席を立ってトレーを戻すと、逃げるように食堂を出た。




メイクを直した後、エレベーターの前で到着するのを待つ。エレベーターが止まる階の数字を見ていると溜め息が出た。


『何であんなこと言っちゃったんだろ・・・』


松川さんがカッコイイと思ったのは本当だ。ベロベロに酔った知らない女を放置して帰るでもなく、わざわざ自分の家に連れてきてくれて介抱してくれて、ご飯も食べさせてくれて・・・松川さんが良い人じゃなかったら今頃どうなっていたのか分からない。凄く優しい人なんだな。食事の仕方も綺麗で思わず見とれてしまった。


「△さん」
『ま、松川さん・・・っ』


背後に松川さんが立っていた。いきなりの事で驚いてしまって思わずその場を離れようとしたが松川さんに引き留められた。


「逃げないで」


松川さんと壁の間に挟まれる。

ここここの状態は壁ドン・・・!?ほのかにいい香りがする・・・っ。
何が起こってるのか分からなくなって頭がクラクラしてきそうだ。


「何で、俺のこと避けてるの?」
『さ、避けてなんかいません・・・』
「嘘。今も逃げたい顔してる」
『そ、それは・・・』
「なに?」
『昨日の事もあったし・・・』
「昨日の事、後悔してるの?」
『後悔はしていませんけど、申し訳なかったなって』
「何で?」
『だって、私と噂にでもなったら松川さんの迷惑かかるし・・・』
「そんなこと思ってたの?」
『・・・松川さんを好きな女性たくさんいますよ』
「俺はそんなの気にならないよ」
『ま、松川さんが気にならなくても私が気にするんです。松川さんの事カッコイイって噂になってるし、食堂にいた時も見てる人いましたよ。とにかく、昨日の事は忘れてくださ・・・』


私の言葉を遮るように、松川さんは私の手を取ると自分の口元へ持っていって、そのまま指先へと唇を落とした。まるで、王子様がお姫様にするように・・・。
それを見て、 指先から全身に熱がぶわぁっと駆け巡るように身体が熱くなった。ゆっくりと目を開けてこちらを見る松川さんの視線は妖艶的なものだった。


「俺は昨日の事、何も無かったことにするつもりは無いから」
『・・・・・・え?どういう、』
「じゃあ、先に戻ってるね」
『・・・え、ちょっ・・・』


ちょうど来たエレベーターに松川さんは乗ってしまった。松川さんを引き止めるわけでもなく、その場に佇んでしまった。

なに、今の・・・?無かったことにするつもりは無いって・・・私はこれから脅されるの?あんな箸使いも綺麗でカッコイイ顔してて、実は性格やばいとか・・・。

震える手を押さえながらボタンを押す。エレベーター内は機械の音だけが響いていた。私の脳内はずっと松川さんの言葉が離れなかった。




次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ