小説

□大胆にも異端で傷んだあいつを抱いたんだね
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体のあちこちが酷く熱い。
けれど、自分はずっと凍えていた。
四肢の切れ目から流れる血はとっくに止まっている筈なのに、心臓の音は激しく鳴るばかりで、
両の耳はもう使い物になりそうになかった。

追っ手を巻いて山に入ったまではよかった。
どこか手頃な場所を見つけて夜を待とう、
それから川を下って海を目指そう、
港町の宿が目的地だ、そこで待っているだろう人にこれを届けなければ。
なのにどうしてか、川辺の岩の隙間に潜り込んでからすっかり体が動かない。

影が伸び辺りが暗闇に包まれいく。
やがて、僅かな月明かりが岩の隙間に射し込んできた。
どれくらい経ったのだろうか。
よく分からない。
急がなければ。
血の跡は自然に消えてなんてくれないのだから。

◇ ◇ ◇

人が、誰かが見ている。
隙間から覗きこんでいる。
追っ手か。
見逃してはくれないだろうか。
叶うなら。

身を縮め、握りしめたままだった刀を抱く。
何もできないのだ、どうせ、震える腕は刀を抱き締めるだけで精一杯だった。

鼓動が煩い。
呼吸が煩い。
消えた人影が何処へ行ったのか、足音がまるで聞こえない。

揺れる地面。
砕ける岩。
背を焼いた炎。
衝撃で弾き出されたが、不思議と痛みは感じなかった。
立ち込める黒い煙の向こうに月が見えた。
大きな大きな満月だった。
澄んで明るい空だった。

きらと視界の端で何かが光る。
視線を動かせば宿で待つ人が、自分の持っていた刀を眺めていた。
洗練された刃は月明かりを湛えて、白く輝いている。
彼の側に控えた忍は、それと全く同じ物を五振抱え立っていた。

◇ ◇ ◇

竜の爪は全部で六。
どれでも良い、一爪持ち帰ってくれれば卿の村は、私が保護しよう。
彼はそう言った。

自分の村はとても小さくて、そして惨めだ。
諜報も戦の術もなく、唯一築いたのは盗みの技だった。
そういった連中が集まって出来た村だったのだ。
中央で豊臣が台頭した事で、自分達の村の存在が明るみになったらしい。
近いうちに豊臣の人間が村を焼きに来るだろう。

村を移すか、でも何処へ。
ならば取り入ろうか、でもどうやって。
真っ当な人間なんて一人としていない村を、豊臣が受け入れるとはとても思えなかった。

そこへ彼はやって来た。
彼は豊臣と縁があると言った。
依頼をこなしてくれれば掛け合ってみよう、豊臣の返事が芳しくなければ私が保護しよう、と。



「ご苦労、卿はよく働いてくれたね。報酬は……そうだな」

笑っていた。
刀を手にして笑っていた。
彼の、その目はよく知っている。
同じだ。
村の、小さくて惨めな村の人間達と同じ。
自分と同じ。
誰かから何かを奪った時に見せる、あどけなくて悪意に満ちた目。

一つ強く風が吹く。

「卿には休息をあげよう」

月を両断した閃光。


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