小説

□リンネ
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「烈火!!!」
「っっー……!!?」

躱しきれなかった一撃は、私の腹を抉って焼いた。
一瞬上がった飛沫もすぐに黒い煙に変わり、残るのは死ぬに死にきれない痛みだけ。
力の入らない足。
前へ後ろへふらつく体。
滲む視界。
込み上げる血の臭い。

風。
最後の一撃を受け止めた刀。
けど、震える手でこれ以上は。
高い音を立てて砕けた刃は、夏の空の中キラキラと散って、それはまるで雪や氷のようだった。

見開いた目の端から、温い雫が溢れたような気がした。
ああ、こんな。
こんなのあんまりだ。
何故。
なぜだ。
どうして私は。
なぜ私は。

掴まれた腕。
引き戻される体。
けれどとても立っていられなくて、私はその場に膝をついた。
辛うじて続けていられる呼吸に乗って、ぼたぼたと血が滴り落ちていく。
地面を流れていくその上には、同じ色をした赤い足。

「お主…いや、そなたは女子であったか」
「…………」
「剣の腕も技も見事でござった!」
「うる……さ、い」
「介錯の前に是非そなたの名を聞いておきたい」

そなたは…。
問おうとする声は、私の眼前に槍の先を突き付ける。
脅しか。
それとも、馬鹿にしているのだろうか。
散らばった刀の破片を握りしめる。
ぐずりと食い込む感触。
構うものか。

「………ーー死ねっ!!」

振りかぶる。
叫ぶと同時に溢れた血が、目の前の男を汚す。
槍が頬を削ったが、私は真っ直ぐに男の剥き出しの腹へ拳を突き立てた。

「………」
「うっ…くそ…」

何度も何度も叩く。
跳ねる血は私のものばかり。
血溜まりに光る銀の色。
男の腹へ深く刺さるはずだった破片は、私の手からとっくに滑り落ちていた。
せめて一矢報いることはできないかと爪を立てても、
男の肌の起伏を撫でるばかりで、ずるずると縋るようにしがみついた私の手。
嗚咽を噛んだ。

「もし、また異なる世で相見えたならば、その時はそなたの名乗りを聞いてみたい」
「っは…!生まれ、の…分からぬ足軽に……輪廻などあるものか」
「なれど、交えた刃の鋭さは流転を経ても変わりない筈!」
「貴方は…それを、覚えていられるか?」
「打ち合えば必ず」
「ならば…その時も私は、…私は貴方に負けるのだろう、な」

笑った呼吸に押し出され、行き場のない自嘲が溢れでた。

私は負けたのだ。
こんな、こんな軽装で急所が剥き出しの男に、ただの一つも傷をつける事ができず。
情けなかった。
悔しかった。
どれ程修行に励んでも、どれ程技を磨いても、力を、バサラを持たない者は決してバサラを持つ者には敵わないのだ。

ひやり。
駆け巡る血潮を冷やす筈の刃は焔を帯びて、晒した首筋を焦がしていく。
一度離れたそれが戻るのは一瞬だ。
目を閉じる。

たとえ異なる世に生まれたとしても、
きっと何者にもなれない私は、彼達の成長の糧として死ぬために生きるしかできないだろう。

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