story
□クソ松はクソ松
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まるで小説の様に、良くできたタイミングだった。
赤くなった目を隠す様に腕の隙間から声の方を見れば、やっぱりそこにはクソ松がいた。
いつもの寝巻に薄いカーディガン一枚羽織った様な恰好は、風邪のクソ松には寒そうだった。
「よかった。やっぱりここにいたのか」
寝癖がついたままのクソ松が、心底安心したように呟く。
そしてしゃがみ込んだままの俺に近づけば、躊躇なく頭を下げてきた。
「すまん、一松。俺が悪かった」
クソ松の急な謝罪は「帰ってくれ」という言葉も「何しに来たの」という言葉も、全部飲み込ませるものだった。
「お前が信用できないわけでもなかったんだ。ただ、本当に心配掛けたくなかっただけだったんだ。でも」
頭を下げたまま、クソ松は続ける。
「結果として、ブラザーであるお前を悲しませてしまった。…本当に、本当にすまん。」
クソ松の顔は、罪悪感で歪んでいて。歪んだ顏は、熱で火照っていた。
本当に、クソ松はクソ松だ。
どうしてそんなにまっすぐで、素直で、馬鹿で、クソ松なのか。
クソ松の謝罪は胸に痛かった。
素直になれない自分に突き刺さるもので、病人に何をさせているのだと自分を責めるものだった。
「一松」ではなく「兄弟」を悲しませたと、無意識に俺を兄弟というくくりで見ていることも、ちくりと感情を刺激した。
それを全部無意識でやっているのだから、本当にタチが悪い。
でも、そんな自分にないまっすぐさや嫌味な程の素直さを、俺はまだ嫌いになれない。
「もういいよ。俺も言い過ぎたし」
涙の痕は拭えただろうか。
ばれないようにこっそりと袖に目をこすりつけ、俺は顔を上げた。
その言葉を引き金とする様に、頭を下げたままだったクソ松が勢いよく顔を上げる。
「本当か?許してくれるのか?!」
「うん、もういいから。それより早く帰りなよ」
「ああ、帰るか!仲直りが出来てよかった!」
帰りなよっていったのに。
自分の言葉を無視して無造作に差し出された手をじとりと見つめてみる。
でもきっとクソ松の性格上、この手を取らないと帰らないのだろうから。
俺は渋々手を取った。
いつもより火照った笑顔が、こちらを向く。
「さあブラザー、わが家へ帰ろうじゃないか!」
少しいが付いた声でされた宣言には、いつもの通り「煩いクソ松」と返しておいた。
今日もクソ松はクソ松だった。