story
□クソ松はクソ松
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クソ松と、喧嘩をした。
と言っても、俺が一方的に罵って、一方的に家を出てきちゃっただけなんだけど。
よくあることだった。
あの馬鹿の事を当て付けのように罵ることも、そんな自分の事をまた一つ嫌いになってたまらず家を飛び出してしまうことも。
ついでに、家を出たところであてなんて何処にもないことも、だから猫がいる路地裏に逃げるように入り込むことも。
全部全部、俺にとってはいつも通りの日常だった。
喉を鳴らしながらすり寄ってくる猫の頭を撫でながら、一つ溜息をこぼす。
「俺ってホントにグズだよね」
猫は分かってるのかそうでないのか一声ないて、また頭を摺り寄せてきた。
喧嘩の理由はごく単純。
クソ松が風邪を引いたことが原因だった。
まあ、風邪を引くだけなら誰だってよくあること。
問題なのは、クソ松がそれを隠そうとしたことだった。
クソ松は何時もそうだ。
誰かが風邪を引いた時は、頼んでもいないのにお節介を焼いちゃって煩いったらないのに。
自分が何かあった時は、迷惑かけまいって隠すのだ。
ホント、クソ松はクソ松だ。
今日の風邪もそうだった。
昨日の夜から少し咳き込んでて(隠そうとしてたみたいだけど聞こえてた)
今日になると少し顔が赤かった。
何時もならめざとくそれを見つけて布団に連れて行き薬を飲ませる兄弟達は、今日に限って寝坊気味だった俺とクソ松よりも先に各々の用事を済ますために出かけたみたいで、朝ごはんの席に居たのは、俺とクソ松だけだった。
クソ松は、食欲がなさそうだった。
「…食べないの?」
食事の最中にそう聞けばクソ松は一瞬戸惑ったような表情を見せた。
でもすぐにいつものクソ松らしい格好つけた変な顔になって
「流石マイブラザー、気づかれては仕方がないな。…実は、俺は今減量中でな」
とかどうしようもない嘘を並べてきた。
否定しないとまだまだ嘘は続きそうだったし、そんな嘘を聞くのも腹が立ったから、俺はクソ松の言葉を遮って
「いいよ嘘つかなくて。風邪引いてるんでしょ?」
って、吐き捨てるように言葉を返した。
クソ松はと言うと、バレバレな嘘が簡単にバレてしまったからか、少しばかり驚いたような戸惑ったような顔を見せていた。
それでも懲りず、クソバカ松は「風邪?そんなもの俺が引くわけないだろう」なんて台詞を、寝癖が直りきってない前髪をかきあげながら言うのだった。
もし、ここに居たのが俺じゃなくておそ松だったら。
「お兄ちゃんにそんな嘘が通用するとでも?」と、軽く小突いて兄貴ぶった口調で窘めるのかもしれない。
もし、ここに居たのが俺じゃなくてチョロ松だったら。
「ハイハイ。いいから早く薬飲んで寝なよ。ポカリでも買ってきてあげるから」と、下手な冗談を軽く受け流し、常識人らしくあしらうのかもしれない。
もし、ここにいたのが十四松やトド松だったら。
「嘘だね」とばっさり言い訳を切り捨てて、背中を押して布団に連れて行くのかもしれない。
でも、ここにいたのは俺だった。
他の兄弟と同じような対応ができない、松野一松だった。
松野一松はクソ松の言葉を遮るように、わざと音をたてて持っていた箸をちゃぶ台に叩きつけた。
「…あのさあ、そんなに俺にホントの事言えないの?」
どもりながら俺の名前を言い掛けたクソ松を、俺はまた遮る。
「そんなバレバレの嘘ついて楽しい?」
「いや、そういうわけじゃ…」
「じゃあなんで?」
「それは……心配、して欲しくなかったんだ」
「まあそうだよね。こんなクズみたいな奴に心配なんてされたくないよね」
「いや、だからそう言う訳じゃないんだ。ただ…」
困った、戸惑った声音。
耳に入るその声は、言い訳の様にも俺を窘めてる様にも聞こえ、異様に腹が立った。
「ただ、何?また言い訳?聞きたくないんだけど」
「いや言い訳じゃ、頼む、落ちつて聞いてくれ…」
そこまで言ってクソ松は咳き込んだ。
それが、「クソ松は風邪を引いているのに、どうして優しくしてやれないのだ」と責められているように感じて。
俺は「もういい」という言葉だけを残し、逃げる様にその場を後にした。
背後でクソ松が、咳き込みながらも自分の名前を呼ぶのが聞こえて、それにまた腹が立った。