story

□占い
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「近道して帰ろうぜ」

偶々外で会った長男に声を掛けられアイドルライブの帰りにやって来たのは、見慣れない路地裏だった。

「ここ、最近見つけたんだよね」

そう自慢気に笑って僕の一歩前を陽気に歩く彼は、どうにもこの湿気った路地裏には似つかわなくて。
遠回りでも、天道様の下の方がアンタには合ってるよ。
なんて、変にクサい台詞は飲み込んで、代わりに「道、間違えてないだろうね」と可愛げない言葉を吐きだして、近くて遠い兄の背中を眺めるのだった。


あの占い師に会ったのはそんな時だった。

「ちょいと、お兄さん方」

湿気った路地裏にぴったりなきな臭い声に、二人で顔を見合わせる。広くない路地のあっちやこっちに顔を向ければ、その声の主は案外簡単に見つかった。
僕達を呼んだのは、お爺さんのようなお婆さんのような、つまり性別不明の老人で、その人は建物の影に溶けてしまいそうな真っ黒い衣装を纏って、ちんまりと路地の行き止まりに座っていた。

「お兄さん方の未来を、うらなってあげようか」

お代はいいから、と付け足して手招きするその人は、どうやら占い師の様だった。ちょこんと控え目に置かれた看板には、うん臭く「占」と書いてある。
どうする、と声もなく兄の横顔に問い掛ければ、兄は悩む仕草もなく頭の後ろで手を組んだまま言うのだ。

「俺、占いはしないんだよねぇ」

タダなら何でも食いつくと思ったのに。
呆然とする僕と、喋らない占い師を置いて兄は悠々と近道とやらを歩いていってしまった。


暗くて表情の読めない占い師さんに一礼して、慌てて兄の背中を追う。

「ねえ、タダでいいって言ってたのに、何でやらなかったのさ」

半歩先行く彼に、不満の声を投げれば、返ってきたのは実にシンプルな言葉だった。

「えー?だって、未来は分からない方が面白いじゃん」

同時に向けられた剽軽な笑顔に、つい足を止めてしまう。
先が見えない恐怖なんて、この馬鹿にはないって事だろうか。

「チョロ松は、知りたいの?」

振り返る兄。
細い路地に入り込んだ光は彼の表情を逆光で隠している。
ぎゅ、と痛くなる心臓を掴んで、僕は呟く。

「……まあ、知れるならね」

そうすればこの不毛な恋に、別れを告げられるだろうから。

「でもどうせ、当たらないよ。所詮占いだし、やるだけ無駄だって」

行こ、と兄に近付いてそのまま彼の背中を押す。
おそ松はと言うと、いつもの「俺は何でもわかってるんだぞ」って言いたげな兄貴顔で僕を見て、でも何も言わずに押されるがまま、路地裏の終わりに歩みをすすめるのだった。


「知って絶望するくらいな、知らないままの方がいいよ」


その呟きは、確かにおそ松のものだった。
でも僕がその意味を聞き返す前に、彼はすぐ左手に見えた我が家を指差して「ほら、近道だっただろ?」って、得意気に笑って去っていってしまうものだから。
結局、その言葉の真相は聞けずじまいだったのだけど。
もし、あの時彼の腕を引いて、無理にでも問い詰めるかもしくは、あの占いを受けていたのなら。
僕は今頃、この糞みたいに温めた恋心を、別のものに変えれていたかもしれない。
だからまたいつか、兄に「近道をして帰ろう」と言われたらその時は。
僕はこの恋とおさらばする為に、未来を知りたい。
その時までもう少し、この不毛な恋を続けてみようじゃないか。
暗い路地裏で、仄かに光る未来が見えるまで。

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