見詰め合う
 -全力affettuoso-


目の前には愛娘が居る。おやつのプリンタルトを頬張って、とても幸せそうだ。勿論、見ている此方としてはその笑顔だけで充分幸せを感じられる。今日のタルトは父である自分が選んだ物だから、それで喜んでくれるのなら猶の事。気に入ってくれて、とても嬉しい。

愛らしい娘の表情をしかと焼き付けるべく見詰めて、どのくらい経ったのだろか? 温くなりつつある紅茶を口にしながら考えた。娘のタルトは残りも少ない。一口目から見詰めていたのだから、それなりの時間は経っている様だ。

「……なに?」

こくんと嚥下して娘は声を発する。"幸せ" とは程遠い、少々不機嫌な声だった。声と同様に表情も訝しむもので、何故そんな顔をするのかと焦ってしまう。―― 勿論理由は自分にあると判っている。"何故" も何も、見詰め過ぎなのだ。"鬱陶しい" と娘の表情ははっきりと云っていた。

「いえ。…貴女がとても嬉しそうに食べているものだから……」

それがとても可愛らしくて。―― 下手に言葉を探して言い淀んでしまっては、却って娘を不機嫌にしてしまう。今迄の経験上、それは充分過ぎる程理解していた。故に、告げるのは本心。言って、またじっと娘を見詰めて、カップに口を付けた。

娘の隻眼も見詰め返してくる。静寂。娘の想いはさておき、絡む視線がとても幸福なものに思えた。今迄こんなにも見詰め合った事はあっただろうか? 思わず口許が緩む。―― 娘の眉間に深い皺。その手で弄ばれるフォークが残りのタルトに突き立てられて、持ち上がった。

「……カイ、なんか不気味」
「―――ッ」

静寂を破り飛んできたのは、何とも冷たい視線と一言。ぱくっとフォークを銜え、最後の一口を食べた娘は立ち上がった。フォークが皿の上に投げ出されて、嫌に耳に付く高い音が響いた。
娘の隻眼は既に此方を向こうともしない。―― 今の言葉は本心? 笑ったせい?

「…あ、あの……」
「ごちそーさまー」

兄さんの所に行ってくる。やはり此方は見ずに、娘は部屋を後にする。引き留める隙さえ無かった。
項垂れて視界に映ったお皿の上のプリンタルト。自分の物。手付かずなのは、娘にあげようとしていたから。食べ終えた頃にそっと差し出そうと……。
―― 仕方無しにフォークを手にした。冷めた残り少ない紅茶と共にしょんぼりと "いただきます"。



 見詰め合う。
 何故か娘に不気味がられて涙が出た。











11/07/01 風観 玲奈





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