風魔某忍日録
□〈後日談・伍〉青葉に訪ねて
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そんなこんなで早5年。
その間に各国間で和睦が成り、織田や豊臣が滅んだりと様々な事があったのであるが、ずっと忍の草屋敷に閉じ籠って居た(閉じ込められて、が正解である)紗霧にはあまり関係の無い処。
只ひたすら子育てに精を出し、あの時のややこの霞も今や五歳となった。
霞が産まれてから三年後に産まれた第二子は風魔家の長男となる男児で名を霧夜。現在二歳となる黒髪の小太郎似(外見は、との注釈が付く。中身は完全に紗霧に似ており、若干流されやすく困った事にヘタレている)である。
霧夜も走るようになり言葉も多少覚え始め、子育てもある程度落ち着いた事もあり心身ともに余裕の出てきた頃合い。
日々の家事と霞の教育以外には然してやることも無く。
完全に専業主婦と化していた紗霧であったのだが。
風魔の家に嫁入りするまでは如何せん日の本を自由に行ったり来たりと奔放な生活をしていた事もあって、こうもずっと室内に籠りきりなのも暇である。
元来インドア派ではあるが、幾らなんでも常時見張られ部屋に居るという生活は息が詰まるのは当然。
それ故に外出するチャンスを狙っていたのである。
そんな折、そろそろ紗霧と娘に顔を出させろと暇を持て剰した独眼竜からの再三の文を受け、其れでも『危険故駄目だ』として全く取り合わぬ小太郎であったが、小太郎が紗霧と共に霞の習字に暗号文にと〈お勉強会〉を開く処、仕事の書類と共に猪介が持ってきた伊達の花押の入った其れ。
見るからに独眼竜からの文だと分かる其れを目敏く見つけた紗霧は、
「猪介殿、それ独眼竜公からの呼び出しですか?
丁度良かった、私、それ、行きたいです。
ねー、霞。」
「はーい。わたしも行きたいです。ねー、かか様、きりやも。」
「あい!いきあいれす!」
「お〜……そっかぁ〜霧夜も行きたいかぁ……、流石に、……うぅ〜ん。
……行きたいのかー。」
等と言い出すものだから困りもの。
『世は和睦が成ったと言えど外は危険極まりない。
女子が子供と共にふらついて居ては破落戸共にも狙われよう。
いくら紗霧が婆娑羅者とて子連れでは思うようには動けまい。』
小太郎としては必死である。
何より紗霧が連れ去られた竹中事件より危険性を実感していた小太郎であったから、再びそうなってはと正直外に出す気などこれっぽっちも無かったのだが。
「けど小太郎様。
ふたつの霧夜は今はまだ良いかも知れませんけど霞はもう五つです。
なのにこの子、欲しい物は〈お金を稼いで買う物〉ではなくて〈おねだりして贈って貰う物〉だと思ってるんですよ?
何につけ其の調子で。
これでは外に出た時一人では何も出来やしません。
どれ程手裏剣術や忍術が優れて居るからと言っても……強さも確かに必要ですが、そればかりでは困ります。
その内大きくなったらお嫁に行くんですから。
私も母として、其の辺りはキチンと教えてあげなければならないんです。」
もっともである。
猪介もそう思っているからこそ、本来小太郎の思うようにと動く筈の此の男が、今この場−−紗霧の目の前−−にこの文を持ち込んだのである。
少しばかり目を泳がせ、こうなれば仕方ないとばかりに息を吐いた小太郎は、
『其れは元より紗霧宛。
……不服ではあるが許可を出そう。
だが俺も共に行くぞ。
紗霧は霞を護るだろうが、其れではお前を護る者が居らぬ故。
霧夜は幼い。連れては行けぬが猪介が居る。猪介であらば何をも上手くやろうに、心配する事もない。』
そうなるだろうとは思って居た猪介であったが、此れでは誉められて居るのか上手く使われて居るのか分からぬだろう。
この夫婦は……、と疲れた目を右手の指で揉みほぐしながらも、
「この場は万事お任せあれ。
為らば紗霧は久々故準備に時も掛かろう。
霞と共に行って来い。……警護付きでな。」
と、良く解っていないまま笑う霧夜を抱き上げた。