櫛風沐雨忍法帳
□舅と私と。
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常のどさ回り中、直接の上司であるところの二曲輪猪助から呼び出しを受けた紗霧が(嫌々乍も)急ぎ駆け付けた刻には、猪助は既に眉間に皺を寄せていた。
何かしら問題を起こしたような覚えはない。然らば何事かと此れ以上は機嫌をそこねまいと一見しおらしい様子で控えて居たのであるが。
「紗霧。お前、今度は何をした…?」
「は、何とは?」
再び言うが身に覚えはないのである。
「分かっているだろうが、俺達は傭兵忍だ。依頼を受けては報酬を得る。依頼に見合った者を此方で選別するのが常の遣り方とはいえども、指名がある事もある。
…奥州の竜の右目から、お前を名指ししてきている。諜報との由、お前でも問題はなかろうが。普通は傭兵とはいえ、他国の忍にまず諜報など依頼はせん。信用できんからな。
故に、聞いている。紗霧、何をした?呼び立てられる心当たりは。」
ここ最近の記憶にあって、奥州の竜、となると一つの事しか思い当たらぬ。
そう、先日の愚痴り愛である。
「…奥州。先日、独眼竜と半刻程お喋……対話をする機会に見えまして。その折、右目の方のお話を少しばかり耳にした程度であれば。
右目とは、あ〜、擦れ違ったと言いましょうか(逃げたと言いましょうか)、話す機会も無かったもので。私には理由など全く。」
「……何を話した?」
「アレです、猪助殿。私も半人前とはいえ、忍ものとしての自覚のようなソレが芽生えてきた処でして。コレも情報収集かと思いまして。あ〜、竜と右目の日常の行動や思考等についてと申しましょうか。そういうのを。」
「………。」
「…………。」
「…紗霧、俺は常々言っていると思うがな。忍足るもの、相手の普段の行動から人となり、癖、会話の仕方、何でも確り観察し覚えておく必要がある。お前は確かに変化の術も人真似も得意と言って良いだろう。其れは利点だ。そう言った普段からの行動が実を結んでいると言ってもいいんだろうが。
……何でだろうな、だってのに、お前のは只の雑談のように思えて仕方ねぇんだが、何か俺に言いたい事はあるか。」
「……独眼竜がおっしゃってました。
右目の方のお説教は二刻もあるそうです。その際は常に鬼のような形相であるとのお話で。
……猪助殿。」
「……何だ。遠慮はいらん。言ってみろ。」
「先程から既に半刻。猪助殿は折角男前だというのに、このままでは彼の右目の方のように鬼のような形相に変わっていってしまうのではないかと此の紗霧、心配で仕方ありません。」
「要するに、何だ。」
「ー…猪助殿、話長い。つかずっと座っててお尻痺れたんですけど…」
「尻だと!?…紗霧、何時も言っていると思うがな!お前は一応女子なんだぞ!
あんだけ言っても未だ慎みってもんを解ってねぇのは何故だ!?
お前については長から俺に任されている以上放置する訳にはいかねぇんだとあれ程ー……」
【 〜暫くお待ち下さい〜 】
「ー…解るか?! 大体お前は毎度毎度、」
【 〜暫くお待ち下さい〜 】
※※※※※※
結局の処、小太郎が来るまで終わる事はなかったのである。