櫛風沐雨忍法帳
□女童と俺と。
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傭兵忍、風魔一党 頭領 風魔小太郎。
〈伝説の忍〉とまで言われているこの日ノ本でも指折りの、正しく優秀な忍である。
忍に身を置く者ならばこの名を聞かぬ者など存在せず、だが姿を見て生きて帰った者は殆ど居ない故に、伝説とされている。
その小太郎のいる風魔一党、残忍で冷酷であると噂されていたのだが。
近頃は、あるくの一の存在故に、噂は所詮噂かと言われる事が増えて来たのである。
紗霧と呼ばれるそのくの一、隠密と足の早さは一流の。忍術も刀技もそこそこに、技量だけであらば優秀と言って良い処。
唯一にして忍としては致命的ともいえる欠点があらば、故に、その力量にそぐわぬ扱いであったが。
しかして、本人は其れこそが幸せな様子であった。
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まだ小太郎が小太郎でなく、声も奪われる以前の頃。
修行中であった茜の髪の童は勿論乍、烏の髪の女童も同じ里に住んでいた。
茜の童はその頃から既に頭領候補であった為、烏の女童とは別な場所での修行故に馴染みとは成らなかったのだが。
実の処、ほんの2度程。
小太郎は、その童女と会った事があるのだ。
一度目は沢であった。
厳しい修行で足を傷めた小太郎は、腫れた足を冷やすべく、水に足を浸けていた。
「どうしたの?ケガをしているの?」
他の忍の子とは共に無かった小太郎にとって、こうして己を心配した様、声を掛けられる経験等此れが初めてであった。
長に成るための修行は殊更に厳しく、師である忍が付ききりで。
其れ故に初めは、己が話しかけられて居るのだと気付きもせずに。
「私もケガをしているの。手当てをしに此処へ来たから、布も薬も持っているのよ。あなたのケガも手当てするから、傷をみせて。」
そう言ってその女童は、
「たくさんケガをしたのね。痛いでしょう。早く治りますように。」
等と、自らの手当てを後に回して薬を塗り、布を巻いてくれたのだ。
二度目は木の上であった。
女童はどうやら殺生を好まぬ様子であって、鼠や小鳥ですら殺すを厭い、命を奪う練習の修行中等であっても、
「動物達とて生きている。
命を繋ぐ為に必要な分でなくば、ただ『練習』などの為だけに奪って良いものではないのだ」
と言って何をやれども聞きはせずに。
其の度、辛い叱責や折檻を受けては此処に来て木の上で泣き暮らすばかり。
其の姿を観ては居られぬと思った小太郎は、女童に傍寄り。
「ならばお前はそのままで良い。
何れ長には俺がなるのだから、俺がお前に向いた任を与えれば良いのだ。約してやる。だから、それまで生きていろ。」
と言ったのだった。
その後少しして小太郎は、『真の忍に声など要らぬ』と言われ声を奪われた。
あれきり話をする事も出来なくなり、会うことも滅多になくなったのであるが。
紗霧が今もその事を覚えているかは知らぬ。
だが、小太郎は今でも其れを守っている。