SHORT
□SS集
59ページ/59ページ
「ほんとに嘘つけないんだね」
言いながら、目の前の男と同じ色の真っ赤な苺を手持ち無沙汰につつく。
桃と名前にある癖に苺の方がよく似ているこいつは、どうやら嘘をつかないらしいーじゃないな、多分絶対つかない。
「食わないのか」
自分の手を信じられないような顔をして見つめていた男が、手が止まったままの私を見て言う。
男に奢られたショートケーキに、私はどうしてかまだ手をつけずにいた。
バイト中にも関わらず、私達はついさっきまで「ジャン負けでケーキ奢り」という賭けをしていた。
その恩恵を受けておきながらなんだけど、そうした事にまでいいよbotになりつつあるマスターと、いい加減すぎる店のスタッフ管理能力がそろそろ心配。
それはさておき、その最中に私が陣さんの言葉を思い出して試しに「何の手出すの?」と聞いてみれば、男は本当にバカ正直に答えた。
そして私が勝った。
いやいや、何してんのこのおバカは。
なんでそんな「何故負けたんだ」みたいな顔してんの、自分で自白したのに。
そういう呆れの感情と共に湧き上がる、ズルして勝ったという罪悪。
だからかなあ、食べる気になれないの。
そうは思うんだけど、なんか正直に言うのは、ちょっと。
そうして黙っていたら、男はなんか自分で勝手に解釈し始めたみたいで。
「食欲不振なら、ケーキよりゼリーかアイスの方がいいな。マスター・・・」
「いいよ。食欲不振じゃないから」
別の心配をしてマスターを呼ぼうとした男を制止する。
食べたくない訳じゃない、食べるのが何となく申し訳ないだけ。
でもそれが却って彼を心配させるのならと、ケーキを口に含む。
ううむ、美味い。
あの少女漫画好きサボり魔マスターのどこにこのケーキを作れる腕があるのだろう。
何か、謎の悔しさ。
「・・・済まない」
何故か謝罪された。
思わずこてん、首を傾げる。
少し俯いた男の表情には、僅かな憂いが見えて。
「余計な世話だったな」
ちょっと傷ついた顔をしている。
何となく、理由は察した。
「何、また上から目線とか言われた?」
ぶすり、フォークを刺した苺から、果汁が溢れ出る。
無言でこくんと頷いた男は、何だかとても弱っているように見えた。
多分、傷ついてる、凄く。
「また、やりすぎてしまったらしい。・・・中々、上手く出来ないものだな」
男は、器用だけど不器用だ。
ありとあらゆる物事に長け、他人の為に力を尽くすけれども、如何せん正しさを求め過ぎてて、他人の気持ちに寄り添えないでいる。
今でこそまあまあの付き合いがあるから、この男が不器用だけどどこまでも正しく、他人の為を突き通せる奴だと知ってるけども。
私にもまあ、多分今回男に悪口を言った人と同じ事考えてた時期があった訳で。
だからこそ、傷付くぐらいなら厳しくするのやめたら、なんて言った事もあるけど、それで解決出来ないのがこの男の面倒な所。
曰く、やりすぎなのは毎度理解しているそうだが、どうにもやめられないらしい。
昔人々に去られた時は流石に堪えたのか、全否定して代行するのではなく手本を示してやらせる手法に変えるという対処は”どうにか”できた。
けれども、この横暴とも言える程の利他主義的な行動は、まるで動物の本能のようにこの男を雁字搦めにしていて。
「”やり過ぎた”と気付くのは、いつも人にそうした事を言われてからだ。これではダメだとわかってはいるのに、どうしてやめられないのだろうな」
溢れた果汁が、白いクリームを赤く染めていく。
変身してる時は自信満々というか尊大というかだけど、案外繊細なのかも。
「・・・別に、今のは余計なお世話じゃないし。心配してくれて、ありがと」
ちょっと言い方が捻くれちゃったけど、そこは許して欲しい。
今のは紛れもない本心だけど、それを正直に捻くれずに言うのは、まだ思春期の女の子には難しいと言いますか。
まあ、この男は別にそんなとこまで目敏く分析したり突っ込んだりしないので、その辺は楽ではある。
「そう、か」
少し戸惑ったような声に乗せられた、隠しきれてない歓喜。
あの黒いワンちゃんじゃないのに、子犬みたいに喜んでいる。
何だか、可愛い。
・・・って、何考えてるの鬼頭はるか!
照れ隠しにぱくり、苺を口に含めば、甘い果汁がじわりと口の中に広がっていった。
ぐぬぬ、美味しい。
この苺、一体どこから仕入れてるのよ。
そう思いつつ顔を上げれば、まだ嬉しそうな顔をしているそいつと視線が、ばちん。
何となくその眼を見つめるのが気まずくて、すぐに顔を下に逸らした。
「何だ、そんなにそのケーキ気に入ったのか?マスター、もう一つ・・・」
「だから、いいってば!」
今のは完全に余計なお世話!太っちゃったらどうすんのよもう!
・・・まあでも、私にはさっきズルしたっていう負い目もある事ですし、それは言わないでおく事にする。
これでチャラだからね!
「そうか・・・ううむ、難しいな・・・」
男は深く考え込むように腕を組み、小さく唸った。
どこまでなら余計なお世話にならないのか、きっと真剣に悩んでる。
何でも出来るようで意外な事が出来ない不思議な人、桃井タロウ。
そういう変なちぐはぐさを抱えてるから、なのかな。
「ちょっとほっとけない、かも」
なんて、思ってしまうのは。
「何か言ったか?」
「何でも〜」
誤魔化すように含んだスポンジが、口の中で優しく溶ける。
自分の疑問にも正直な男は、しかし言ったか言わないかも分からない言葉の答えまで聞くのは憚られたのか、ずっと首を傾げていた。
あとがき
バイト中に思いついちゃったタロはる小説書いてみた〜。
子供向けジャンルだけど、健全どころかくっつく気配すらないので普通に晒す(
正確にはタロ+はるだけど私はタロはるのつもりで書きました。
明日の5話どうなるか知らんけど、とりあえずお互いの正体と人柄知った後のifって感じっす。
明日の放送楽しみ〜!
あとタロはる好き増えろ〜!