SHORT
□SS集
58ページ/59ページ
ぱちぱちと、薪木の爆ぜる音がする。
その上にある飯盒から美味しそうな炊き立てご飯の匂いがしたかと思えば、翡翠の瞳に反射していたそれが消えた。
それが誰かが飯盒を火から上げたからだと気付いたエステルは、すいと視線を横に向ける。
飯盒を取り上げた犯人はエステルの翡翠の方を向いて、悪戯っぽく笑っていた。
「そんなじろじろ見てなくても、米は問題なく炊けるぞ?おじょーさん♪」
「むぅ・・・ユーリ、意地悪です」
悪ぃ悪ぃとさして悪びれずに謝りつつ、ユーリはエステルの膨らんだ頬を飯盒を持たない手で突いた。
口から空気が漏れ出ると共に鳴ったぷひ、という間抜けな音に、二人してぽかんとした後で笑いあう。
いつもと違ってポニーテールに纏められた長い黒髪が、その度にゆらゆらと揺れる。
昨日今日だけで何度目かもう数えてないくらい、エステルはその新鮮な髪形にまた見惚れていた。
エステルにとって、ユーリは同じ学校に通っている先輩。
それでいて、いつもお昼ご飯を一緒に食べている友達。
でもって、そこから更に先に進みたいと思っている、言わば好きな人。
今日は、他の昼食仲間や友達と一緒にキャンプに来ている。
場所はエステルの家が所持しているキャンプ地を使わせて貰っていて、道具はそこに元からあった物を、食材は皆で用意した。
エステルとユーリは料理担当である(他の殆どのメンバーも同じだが、フレンは意地でも外した)。
キャンプを企画したのは、いつまで経っても進展しない二人にやきもきしているその仲間達だ。
正確にはやきもきしていたのはリタで、ジュディスが進展しやすい環境を提供してはどうかと提案し、カロルがキャンプとかが良いのではと具体案を上げ、レイヴンとパティがそれに悪乗りした感じである。
当事者の二人は元より、フレンにも思惑をばらされては困るという理由で黙秘されている。
ただエステルには、計画を知るメンバーが
「告白するにはいいシチュエーションじゃない?」
とか、
「ユーリもうすぐ就活始めるから時間無くなっちゃうよ」
とか色々せっついており、また彼らは二人を積極的に二人きりにすべく色々動いていた。
・・・のだが、何も知らないフレンが悉く意図しない邪魔を入れたり、エステルが上手く告白できなかったりで、結局二泊三日の二日目の夜になっても未だに二人に進展の兆しはなく。
食事の後は皆でキャンプファイアーを囲んで色々ゲームして、その後はもう就寝(ガールズトークやる気満々だが)の予定だ。
だから、自然に二人きりになれるチャンスは、皆が意図的にフレンを引き離してくれた今しかない。
それはわかっているのに、いざとなると緊張してしまって、ついつい彼から意識を逸らそうと飯盒ばかり見つめていた。
皆が協力してくれているのに、決意を固められない自分に自己嫌悪して、エステルは大きく溜息をつく。
ユーリは飯盒をひっくり返しながら、その横顔をじっと眺めていた。
「・・・なーエステル。何か今回、俺らが組まされる事多くね?」
「へっ!?あ、そそそそうですね!」
嘘が下手なエステルは、突然のユーリの問いに焦りを隠す事が出来ない。
エステルは別に、今回のキャンプを仕組んだとか、その裏の思惑を知っているとかそう言うのではない。
それはユーリもわかっているのだけれども、エステルを揶揄うのが最早趣味となりつつあるユーリは、わかっていながら態とそう問うたのである。
「あいつら、何か企んでんのか?お前、何か聞いてる?」
「え、えと・・・」
エステルは顔を赤くして、歯切れの悪い返事をする事しか出来なかった。
聞いていると言えば聞いているが、それを言う事はエステルにとって目的を果たす事と同じで。
今まで出来なかったそれを、今になって急に出来るようになる筈もなく。
「き、聞いてません・・・」
結局嘘をついてしまい、エステルは再び自己嫌悪に陥った。
と同時にタイムリミットとなり、皆の談笑がこちらに近付いてくるのが聞こえる。
二重の意味で深い溜息をついたエステルは、皆と合流すべく立ち上がりユーリに背を向けた。
すると何故か、ユーリが彼女の袖を引いて引き留めた。
「ちょいまちエステル」
「!な、何でしょう?」
「夜、リタ達が寝静まったら、ちょっと出て来れるか?キャンプファイアーやったとこで待っててくれ。俺もおっさん達が寝たら行くから」
「え!?い、いいですけど・・・急にどうして?」
疑問と期待が同居したような表情で、エステルは質問を返した。
素直に喜びたいのに、どうして誘ってくれたのかがわからない。
”そういうつもり”があるのは自分だけで、ユーリは自分を何とも思っていないのでは。
そうした内心の不安を、彼女は隠す事無く表情と態度に示していた。
あまりの分かりやすさに、ユーリは小さく噴き出す。
「そう不安になる事ねぇって。・・・お前が期待してる通りの事だからさ」
「・・・へ?」
ユーリの言葉にエステルがきょとんとした次の瞬間、ユーリが立ち上がって腕をエステルの手首に伸ばした。
掴んだそれを引いて、エステルの耳元で妖艶に囁く。
「二人っきりになりたいんだろ?」
その言葉の意味をエステルのコンピューターが解析し終わるまで、十数秒を要した。
漸く正気に戻ったエステルが辺りを見回す頃には、ユーリは戻ってきた友人達と雑談に興じていて。
「〜ッ!ユーリ、狡いですっ・・・!」
口惜し気に呟くエステルの声が届いたのか否か、それは定かではない。
だがユーリは、赤面したエステルの顔を一瞥すると、確かに勝ち誇ったような笑みを浮かべたのであった。
あとがき
テイフェス2021の時の鳥海さんの言葉で思いついた小話です。
初めての会場での参戦にテンションぶちあがっている中、私はこんな事を考えてしまったのでありました(
と言ってもぶっちゃけ最後のとこしか思い浮かんでなくて、前の部分のストーリー考えるのにこんなに時間をかけてしまいました。
畜生・・・。
私が1P漫画とか、せめてイラストとか描ける人間だったらよかったなあ・・・。