PAST
□Deer side〜嘗て人だった者
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時の勇者が亡くなったーらしい。
細かい理由は知らない。
兎に角、死んだとの事だった。
正直、当時幼かった私にとって、会った事も無い他者ーそれも人間の訃報など、心底どうでも良かった。
しかし、この里ーエジダイハの人間とそこに住む動物に取っては、そうでもないらしく。
彼らが大泣きしながら弔いをしていたのは、私の記憶に鮮明に残っていた。
エヴィ(棺の中には、誰もいないのに)
幼かったにも関わらず、私はかなり冷淡な思考の持ち主だったと思う。
「例え空の棺でも、魂が救われて欲しいから、皆祈るのさ」
私の思考を読むように、隣の青年がそんな事を言った。
美しい金の髪が風に流れ、同色の瞳が此方を優しく見つめていた。
彼の名はクレール・アルベイン。
異世界から来た、”知”の力を宿す者だ。
一度竜の姿を見た事があるが、神秘的で輝かしい姿をしていたと記憶している。
その力を以て、私が母から継いだ仕事を果たす為に必要な知識を与えてくれた、私にとって教師とも呼ぶべき存在。
クレール「エヴィ」
彼に呼び掛けられる。
その瞳は、何処か悲し気だ。
何となくだが、その理由は察していたー前々から覚悟していた事だ。
エヴィ「帰ってしまうのですね・・・元の世界に」
クレール「ああ。僕は、役目を終えてしまったから・・・いや、果たせなかったんだ。僕は、何も・・・」
青年の拳が、堅く握られる。
それが、無念と後悔によるものである事を、私は知っていた。
彼は、時の勇者の助けになる為に、この世界に来たのだという。
だが、おおよそ彼は戦力になれる能力の持ち主とは言えず、結果はこの通りだ。
クレール「だが、僕には別の使命がある。僕の力を未来に繋ぎ、次の王竜の助けにならねばならない」
エヴィ「・・・奥様は、お元気ですか」
クレール「ああ。君のお母さんのお陰だよ」
私の母は、薬師だった。
彼の妻は病気がちだったが、母の薬である程度健康を保てている、とよく言っていた。
子供が出来るかも危うい身体だったらしいが、それなら問題ないだろう。
最も、例え子供が出来なかろうと、彼は妻以外の人間を愛する事は無かっただろうが。
使命を実行するのも、あくまで妻と暮らす世界の為だ。
クレール「・・・エヴィ、君の一生は僕達と比べて長い。だから、君は次の王竜と会う事もあるだろう」
エヴィ「はい」
クレール「僕はその頃には死んでるだろうから、君が是非助けになってやってくれ。・・・先生からの、最後のお願いだ」
エヴィ「勿論です。・・・さようなら、先生」
彼は、寂しそうに微笑んだ。
彼の顔を見たのは、それが最後だった。