PAST

□主慕う白き翼
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血に塗れた白い羽。


雨に濡れ、冷たくなってゆく身体。


降りしきる灰の雨の中、私はただひたすら鳴いていた。


「おとーさん。ねえ、おとーさん。朝だよ。起きて」


私が嘗て父と呼んだ”それ”は、最早二度と動く事は無かった。


”それ”ー父は、既に骸と化していた。


父はあの日、私の目の前で死んだ。


狙いは、私の産毛。


神獣の産毛は高く売れるーらしい。


あの日、私や他の神獣の産毛を得る為に、人間が襲ってきた。


父は、私を隠すように覆いかぶさり、そのまま矢の雨に降られた。


それが、父に訪れた”死”だった。


私は、動かなくなった父の身体の下から這い出し、隠れながらも外の様子を見ていた。


森が焼かれているー死んでいく。


辺りには、父の物ではないー他の生物の血が、雨の後の水溜りのように散っていた。


人間から逃げ惑う、子供の神獣もいた。


神獣の何体かは、既に親を殺されていたり、習性によって親から離れていた者もいた。


中には、親が遇々留守だった者も。


兎も角、私のように守って貰えなかった神獣も多かったのだ。


そう言った者たちは、あっという間に狩り尽くされて、何処かへ”持ち去られて”しまった。


私はー幸運な事に守って貰えた。


だからこそ、こうして生き永らえている。


しかし、それはそれで、また別の不幸なのだ。


「おとーさん・・・起きて・・・」


私は、父を失った。


人間達がー他の獣達も皆ーいなくなった後、朝が訪れた。


私は、普段そうしていたように、父を起こそうとした。


勿論、父は起きるはずも無かった。


ー神獣である私には、産毛の売値など知る由も無い。


だが、それが売れない物だったなら、どんなに良かっただろうかと、これまで幾度も考えてきた。


そうでなければー父は、死なずに済んだのに。


「可哀そうに。父に置いて逝かれてしまったのですね」


上の方から、女性の声がした。


見ると、一人の幼い少女が、私を見下ろして立っていた。


彼女は人間の見た目をしていた。


ーが、私はどうしてか、彼女が人間だとは思えなかった。


彼女が、父から聞いていた”精霊”であると、私は漠然と気付いていた。


私は、警戒する事もなく歩み寄った。


少女が私を抱き上げる。


「こんなに冷え切って。まだ、悲しみも寒さも知らないのですね。・・・”死”も」


慈しむような腕が、憐れんでいるような声が、どうしようもなく心地良かった。


私は、彼女に身を委ねた。


「・・・行く所がないのですね。私の所にいらっしゃいな。貴方のお父様も、きちんと葬って差し上げてから、ね」


優しい声だった。


私には存在しないがー”母”とはこういう存在なのだろうか、と思う。


私はそのまま、深い眠りの中へと落ちて行った。
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