request(旧)

□傷痕
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短刀を手首に密着させる。




そのまま、強く力は入れず……



スゥっと軽く引けば


手首に赤い一本の線が入る。



しばらくそれを見つめていれば



その綺麗な一本の線から赤いものが溢れてくる。



とても綺麗だ。



溢れ上がり……



腕を伝って流れ落ちる。




綺麗な血だ。




透き通った赤。


澄んだ……濁りのない赤。



ホッとする。



私にはこんな綺麗な血が流れていて……



まだ私は生きているのだと……





トントン。



私の意識はノック音により現実に
引き戻される。




「かなみ、話があるんだけど……いい?」



深夜様の声だった。




私は急いで、近くにあった布で傷口を拭う。



それなりに深く切った手首からは血が溢れる。



私はすぐに、止血の呪符を貼ってまくっていたシャツを下ろし、黒い上着を着た。




『どうぞ』




ガチャ……




「ごめん、なんかしてた?」


深夜様は申し訳なさそうにこちらを見た。



『いえ……大したことではありません』



血を拭った布は、ゴミ箱の中へ素早く放った。



「実は……名古屋を責めることになってね」



『名古屋を……?……あ、深夜様こちらへお座りください』



「ありがとう」




深夜様を近くの椅子に座らせ、私もその向かい側に座る。




「まぁ……暮人兄さんの考えだから……何か裏がありそうだけど……」


『グレン様が……やるのですね』



「あは……よくわかったね」



『そんな危ないこと……仲間のためじゃないと動かないかなと……』




深夜様は、グレン様と高校からの付き合いだった。


深夜様の従者であった私は、その関係を昔から見ていた。



仲の良い……というか……


まぁ深夜様の一方的部分もあったが……



「それでさ……危ない……戦いになるんだけど……かなみは付いてきてくれる?」



深夜様は私を見た。



『……もちろんです。この命を懸けて……深夜様をお守りします』



「んー……重いなぁ」



『えぇっ!?』



深夜様はふわりと笑う。



「でも、かなみがいると心強い」



『っ……、その言葉だけで幸せです……』




深夜様には、昔から従者として仕えていた。


真昼様の許婚になるための戦い……



それに勝ち進んでいた深夜様は、他から妬まれることも少なくなかった。


命を狙われることなんて日常茶飯事だった。



だが……


真昼様の許婚になるための戦いで精一杯のはずの深夜様に、他のことなどで手を煩わせるわけにはいかない。


私は深夜様の後ろで、許婚候補にさえもなれないようなクズを始末していた。



それもあってか、深夜様は私をとても信頼してくれ、側に置いてくれている。



従者として……私は優れていると言ってくれる。



それだけが……


私の生きている存在価値なのだと。



「今日は、それをかなみに伝えに来ただけだよ」


深夜様は私にそう言って、立ち上がる。


『わざわざ私の部屋まで来ていただかなくても……私が向かいましたのに』



「あはは、まぁ……そうだね。……ところで……何してたの?」




深夜様は笑顔を向けて、私にそう尋ねた。




ドクン……と心臓が鳴る。




『……大したことでは……ただ……鬼呪装備の手入れを……』




立ち上がって、ふわりと笑い返す。



「…………そう」



深夜様は目線を私の短刀に向ける。

でも、すぐに逸らして


「…………じゃあ、僕は行くね。あ、明日はグレンのチームと一緒に調査へ出掛けるから。寝坊しないようにね」




『寝坊なんてしませんよっ』




深夜様は、あははといつも通りの緩い笑いをしてから、私の部屋を出て行った。



バレてない……



バレてるはずかない……




私は、手首をギュッと掴む。


不安を掻き消すように、痛みが走る。




深夜様に……このことがバレていたら……嫌われるに決まってる。


弱い奴だと……



こんな自傷行為で、生きていると感じているなんて……





知られるわけにはいかない。


深夜様に認められているからこそ……


このことはバレるわけにはいかない……




私は再び、短刀を片手にベットへと腰掛けた。
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