物語

□桜の墓
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現世にはこんな言い伝えがある。
桜の下には死体が埋まっている、と。
もしくは何らかの理由で墓が立てられなかった為、桜の木を墓代わりに埋めた死体の上に植えた。大戦後、死んだ兵士達を埋めた後供養の為にその上から桜を植え、その血を吸ったことにより花の色が赤く染まった。などと桜についての民間伝承は様々で、本当かどうかは定かではないが、少なくとも一護はその伝承を信じている一人であった。
もし自分が死んだら、現世に埋められるのか。それとも愛する人がいるこの尸魂界に埋められるのだろうか。
見事なまでに咲き誇る桜の大樹を見つめながら、一護はそう思った。
さわさわと心地よい風が吹き、春の暖かな日差しが桜を照らす。花の隙間から見える木漏れ日が見ていて美しい。太陽の光を浴びて淡い白に光る光景は、それだけでも画になっている。
「こんな墓なら、俺には充分すぎるかもな」
乾いた笑い声を零した時、「一護」と凛とした声に呼ばれた。
「…あれ?白哉?」
「ここで何をしている」
綺麗な黒髪を風で揺らし、いつものように無表情のまま歩いてくる白哉の姿を見た一護は少し驚く。
「あ…えーと」
言えるはずない。
自分がもし死んだなんて事、この桜みたいな墓を望んでいた事など、ましてや目の前の愛しい人に伝えられるはずなどなかった。
「桜…そう、桜見てたんだよ。白哉んとこの桜って綺麗だからさ」
咄嗟に吐いた嘘。桜を見ていたことは嘘ではないがその本心を隠さねばと、一護は必死だった。
こんなことを思ってる自分を知られたくない。心配を掛けたくないその一心で吐いた嘘。しかし、それもすぐ暴かれた。
「…嘘ならもっとましなものにしておけ」
「ッ!」
「ここ最近、いや…丁度桜が咲き始めたあたりから兄の行動が少しおかしかった。無意識か知らぬが、桜を見つめる兄の目が虚ろだったものでな。後を追けてみれば、案の定兄が桜を見ていた」
「…ははっ、やっぱ白哉には敵わねぇよな…」
よく見ている。そう呟いて一護は再び桜の大樹を見つめた。
「なぁ、白哉。あっちじゃ桜に色んな伝承があってな、その中にこんなのがあるんだ。『桜の下には死体が埋まってる』って」
「……」
「桜を墓代わりにしたんだと。嘘だって思うかもしれねぇけど、実際に現世で桜の下から人の骨だって見つかってる。…俺はガキの時からその伝承を信じてるんだ。だから、桜を見るとふいに考えちまう。『俺も死んだらこんな墓だといいな』ってさ」
少しの静寂が二人を包む。ふわりと風に舞う桜の花弁が一護の肩を撫でていく。
白哉は一護の話をただじっと聞いていた。一方的に一護が話しているだけだったが、その話は常に表情を崩さない白哉の顔を少し崩すには充分だった。
「…なーんてさ!ほんとにそう思ってるわけじゃねぇからこの話は忘れて…」
一護の言葉はそこで遮られる。振り返ろうとした瞬間、白哉に背後から抱きしめられたからだ。
「白哉…?」
呼びかけても反応は返らず、ただ一護の肩口に顔を埋めて腕の力を少し強めた。
そして、ただ一言。
「消えるな」
白哉はそう言った。
消えるな、消えるな。何度も一護の耳元で囁いていた。
「……分かってる」
だから心配すんなと抱きしめる白哉の手を軽く叩いて、一護は目を閉じる。心配かけないようにって決めたのになと、自嘲ぎみに笑った。
桜の墓に入るのは、もう少し先になりそうだった。

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