FINAL FANTASY 6

□銅頭鉄額
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人生の大半を貴族に囲まれて過ごしたマッシュは、それなりの身分にある女性を星の数ほど目の当たりにしてきた。宝石で飾り立てたどこかの富豪の令嬢、整った顔立ちの気品ある淑女、きらびやかな服装に身を包む他国の可憐な姫君。多種多様な女性たちが思い思いに浮かべる、敬意のこもった眩しそうな眼差しも、媚びへつらって取り入ろうと画策する視線も、まだ年若い王子にどれだけ向けられてきたかわからない。
とにかく、多感な時期に身を置いていたのは、豪華絢爛極まる世界だった。

そうやって刻み込まれた記憶の中の人々と比べれば、普段のセリスは良し悪しは別にして化粧気もないし、砂まみれ埃まみれどころか魔物の返り血で血まみれになっていることも日常茶飯事だ。
顔かたちは美しいのだから、それなりの格好をして上流階級の社交場に立てば、どこぞの貴族と見まごう貴婦人が出来上がるだろう。けれど、今の彼女にそんな華やかさは無縁で。

「セリス、右だッ」
「了解!」

返事に続けて綴られる短い詠唱で、剣を持ち換えた彼女の右手側の空気がバキバキと音を立て、急速に冷えて凍った。浮かび上がるいくつもの氷塊に怯んだのか、巨きな角を突き出して突進してきたデボアハーンの脚色が鈍る。一斉に飛んでいく氷の礫と肌を切り裂く冷気、そして振り下ろされた一太刀で、魔物の巨体は二つに割れて地面に投げ出された。

「お見事」
「マッシュのお陰ね」
「俺ァなんもしてねーぞ」
「ううん。声をかけてくれなかったら、一撃食らってたかも」

大きく息を吸って呼吸を整えながらマッシュの言葉に首を振り、頬に張りつく長い髪を指先で払う。
彼女が身につけるのは艶めいたドレスではなく、シャンデリアの光を四散させる金銀の髪飾りでもない。命を守るための鎧兜である。そんな物々しい出で立ちに加え、戦の中で染みついた元将軍の勇壮な振舞いは、大多数の嗜好に照らせば男を魅了する甘い武器にはなり得ないだろう。

「日も暮れてきたし、今日はこんなところか」
「そうね。この先に進んでも森に入るだけみたいだから、どこかで夜営しましょうか」

赤紫色の空を見上げ、セリスは額に浴びた血しぶきを拭った。透明な汗とどす黒い血の入り混じった滴が色白の頬から顎まで伝い、幾本もの赤い筋を細く描いている。美しい顔に生々しい血糊のアンバランスさは痛々しくもあり、凛々しくもあった。

(フツーの女なら、泣いて嫌がるだろうになあ)

ティナやリルムも果敢に戦いはするが、敵がどれだけいようと恐れず最前線に斬り込んでいく度胸はこの少女が一番だ。いや、比較対象の枠を旅仲間に限定せず、生涯で見知った女性とまで広げたとしても一位の座は揺るがない。
感情を露にするどころか冷静に戦局を見極め、常に動じず魔物を確実に屠る。セリスは、ある意味で冷徹なのかもしれない。戦うにはそのほうが好都合だろう。仲間としても安心して背中を預けられるし、何より彼女自身の心の傷は最小限で済むはずだ。
襲い来る相手と戦うのは、仕方のないこと。未来を掴み取るには、命を奪われる前に奪うこと。無駄な殺生でない限り、生き残るための殺し合いで心を痛めてほしくはない、と切に願う。
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