FINAL FANTASY 6

□君に、贈り物を
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書物を取り扱う店には、独特の香りがする。彼女はそんな香りも嫌いではないらしく、入店してすぐにすんすんと鼻を動かしていた。

「で、セリス……どれが気に入ったんだ」

あれから、少なくとも三十分は経過している。その間、食い入るように棚を眺めたり表紙や中身を真剣に吟味したりしている横顔に、彼女の趣味の凝り具合をひしひしと感じさせられた。
いや、本好きでなくとも購入には慎重になるのかもしれない。数年前に起きた世界の崩壊で、紙やインクの原料となる草木は大きく減り、紙作りの技術者たちも少なくなった。道具や印刷機は再び普及してきたものの、紙製品の需要と供給はまだ釣り合っておらず、本は以前より少々値の張る代物になっている。
そんな中にあって、機械文明の発達したフィガロ近郊では紙製品の量産が比較的可能であり、価格面でも購入しやすかった。あくまで比較的に、ではあるが。

「買うの、二冊か三冊だっけ? 決まったか」
「うーん、もうちょっと……もう少し待って」
「……四冊に増やすか?」
「だめよ、すぐ増やしてたら際限がなくなっちゃう。絞り込むから、もうちょっとお願い」

本当に好きなのはアンティーク絵本らしいが、今ここに並んでいる新しい本でも充分に心惹かれるようだ。
子ども向けの絵本が、好き。帝国を抜け出してきたばかりの頃の性分を思うと意外な気もしたが、それだけ本来の自分を抑圧して生きてきたことの裏返しなのだろう。戦火を恐れぬ冷淡な女将軍の実態は、夢物語に憧れる乙女心を持った女の子だった。
そうやって多感な時期に我慢を重ねていた分を取り返せるよう、今は思う存分味わわせてあげたい。……のは山々だが、今日という時間は有限である。もう少し待って、との言葉に頷いてからまた三十分が過ぎた。度量の大きいマッシュもいい加減、焦れてきた。

「なあ。だいたいここらへん……っていう目星はついてるのか?」
「えっと、そうね。これとこれと、そこの平積みのと、あと、あっちの緑の表紙ので迷ってるの。あっ、それとね、向こうの……」

指差しには終わりが見えず、マッシュは静かに口を閉ざす。しかも、波打つ海のようにでこぼこと並ぶ平積みの表紙に目を走らせる途中、彼女はまたしても発見してしまった。
あ、と声を弾ませる。

「これ、いい! この絵、すっごく好みだわ」

新たな一冊に、セリスが飛びついた。
真剣に中身を見始めた彼女の隣で、マッシュも出遅れながらその本を手に取ってぱらぱらとめくってみる。

「お? これ、字がねえぞ」
「本当。でも、絵だけでストーリーがわかる感じがする。言葉がなくてもちゃんと伝わってくるもの」

表紙を飾るタイトルと、作者名や少し高めに設定された値段などの売買に必要な情報以外は、一切の文字がない。おそらくは、相手の言わんとすることを汲み取る力や想像力の発育を促すのに適した本なのだろう。
流し読みするに、小さな女の子が飼い犬と一緒にあちこちお使いに行く話のようだ。買った荷物を一生懸命に運ぶ少女と、並走しながら時には彼女の先導を務める賢い犬のコンビは、なんとなくリルムとインターセプターのじゃれ合いを彷彿とさせた。
そんな知り合いのことを差し引いても、太い色鉛筆で描いたようなあたたかい雰囲気の絵柄はたしかに可愛らしいし、柔らかな風合いの紙質が与える指への優しい感触は悪くないし、丁寧に描き込まれたページからは作家の伝えたいこともよくわかる。
が、さすがにこれは違う。目的を見失いつつある妻に、マッシュはとうとう苦笑して肩をすくめた。

「セーリースー。誰の何を買いに来たんだっけ?」
「あ。……そうだった」
「字がない本じゃ、さすがにこいつにゃ聞こえねえぞ」

はたと我に返るセリスの、だいぶ丸みが目立ってきた下腹部に手を触れる。

「ほら。こいつも抗議してるぜ」

武骨な手に、ぽこん、と押し返すような反応があった。これは胎動というものらしい。赤ん坊が中で元気に動いている証拠なのだとセリスが言っていた。
そして、胎教という言葉も彼女に教えてもらって初めて知った。胎児に何かと良い影響を与えるらしいが、最初はマッシュも半信半疑だった。

――声や音なんて、腹の中まで聞こえるのか?
――聞こえてるわよ。だって、私が話しかけるとこの子、もこもこ動くんだもの。

そう言い切ったセリスの顔つきは穏やかで、優しく、おおらかだった。これが母の顔というものなのだろうか、と思う。
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