FINAL FANTASY 6

□彼女の髪、彼の手
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「髪、切ろうかしら」

土の上に寝袋を広げ終わり、髪を後頭部で一本に束ねていた紐をほどきながらセリスは独りごちた。長いブロンドがしなやかに揺れて広がり、セリスの背中で弾む。

「なんで?」
「え」

暗い森の中で、焚き火からは時おり木のはぜる音が鳴る。ほう、ほう、と遠くで鳴いているのはミミズクだろうか。聞こえる音はその程度だったから、予想していなかった人の声に少し驚いた。二人きりの旅での相棒は一足先に夢の中だと思っていたが、言葉は明瞭で、寝言ではないようだ。

「起きてたの?」
「あー、まあな」

右脇に転がる寝袋に視線を落とす。大きなあくびをしながらがしがしと頭を掻くマッシュと、目が合った。

「で? どうしてまた」
「ん……戦うときなんかに邪魔だから縛ってるけど、いちいち結んだりほどいたりするよりも短く切っちゃったほうが楽かなって」

肩に落ちた金色の髪を、指先で弄びながら見つめる。幼い頃からある程度の長さを保っていた頭髪は、切るとなると名残惜しいものの、長旅の中では鬱陶しく思う場面も多い。特に魔物との戦いでは、顔にかかる髪がほんの一瞬視界を遮っただけで命取りになりかねないのだ。極力邪魔にならないよう、最近では夜営地や宿を出発する朝に結んだきり、夜までそのままでいることが増えた。
青い紐を手のひらの中でくるくると巻き取り、小さくまとめて巾着にしまう。日中のほとんどの時間で、この紐にお世話になっているわけだ。

「うーん」

上半身を起こしたマッシュは、腕組みをして小さく唸った。

「俺さ、さっきのヤツ好きなんだけどさ」
「さっきのヤツ?」
「セリスが髪を下ろすときの仕草っていうか。紐を解くとふわって髪が波打って、その髪を梳く指を追いかけるように光が走るんだ。綺麗だなっていつも思うよ」

彼はさらりと自然に、好きという単語を使った。
シドなど肉親の情がこもった場合を除けば、特定の人間に対して言ったことも言われたこともない言葉。言われ慣れていないフレーズが、気恥ずかしかった。

「だから、切っちまうのはもったいねえなって」
「……綺麗なんかじゃないわ。土埃とか汗で汚れっぱなしだし、傷んで手触りだって悪いもの」

指先でつまんでいた毛先に目を落とす。一本の枝毛が顔を覗かせていた。

「そうか? ……ちょっと、ごめんな」
「え?」

顔を上げると、大きな手が目の前にあった。その手がどう動くのか予期できずに固まっていると、セリスの頭に伸びてくる。

「な」
「うん。感触、さらさらしてて心地いいよ」

何をするの、と言いかけた言葉は、マッシュの笑顔に封じられた。にっこりと上がった口角からは嫌みも下心も感じられず、ただ純粋に言葉通りの意味のみが読み取れた。
手触りを確かめるようにゆっくりと動く太い指の隙間を、細い髪が滑らかに通り抜けていく。

「ま、切るなとは言わないけど……俺は好きだなあ、セリスの長い髪」

最後に、年長者が子供をあやすように優しくぽんぽんと頭頂部を撫でて、逞しい手は離れていく。無意識に、その手を目で追ってしまった。
固まったまま瞳をきょろきょろさせるばかりで言葉を発しないセリスに疑問を抱いたのか、マッシュは不思議そうに尋ねた。

「どうした?」
「いえ、あの」

ふいに尋ねられ、自分でもなぜだかわからないが動揺した。頬に熱を感じる。
マッシュはセリスの髪を撫でて、心地いいと言った。セリスはそうやってマッシュに触られて、ひどく心地よかった。あたたかい、安心する、落ち着く、そんな言葉が似合う穏やかな気持ちよさだった。


「その……撫でてもらうの、悪くない、かな……って」

とりあえず、それは確かに思ったことだ。顔を覆う熱の正体は自覚できないが、おおかた、誰かに優しく髪に触れてもらうのに慣れていなくて照れくさいせいだろう。この心地よさとは関係があるかもしれないが、心地いいのに動揺して熱くなる理由がセリスには思いつかなかった。
マッシュはぱちぱちとまばたきをして、それから再び、あの純粋な笑みを浮かべた。なんだか嬉しそうだ。

「そっか。じゃ、長いままでもいいんじゃね?」
「そ、それとこれとは別よ」
「あー、そうなのか?」

そりゃ残念だ、と口では言うが鷹揚に笑う彼の肩口で、長めの金髪の毛先が小さく踊った。そういえば、この男も眠るとき以外はいつも後頭部で小さな毛束を作っている。二人して似たような髪形になっていたのかな、とふと思うと、なんとなくセリスの胸が弾むと同時になぜか頬の熱が少し増した。





(了)

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