FINAL FANTASY 6

□星を見よう
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もともと砂漠の夜は寒かったが、世界が一変してからというもの、空気が変わった気がする。吹きつける乾いた風は氷のような冷たさを孕み、その風に巻き上げられた砂がつぶてとなって飛んでくる。以前に比べて、物質的にも気温的にも痛いのだ。
マッシュは、執務室を温める暖炉の火を見やった。フィガロ城で過ごした少年期に、今ほど炎をありがたく思ったことはない。
日中の暑さは相変わらずだが、そのせいで昼夜の気温差はかえって大きくなった。ケフカを倒したからといってその気候が元に戻るわけでもなく、これまでどおりにフィガロ王国で人が生きていくには、夜間の寒さ対策を強化しなければならないだろう。

「住みにくくしてくれやがったもんだな、ケフカの野郎も」
「住みやすくしてみせるさ。文明の利器の本領発揮だ」

フィガロの機械というのは本来、戦いの手段ではなく生活を豊かにするための道具なのだから、と機械大国フィガロの王は余裕たっぷりに笑った。
世界崩壊で激変したのは、環境だけでなく食物事情や国交もまた然り。しかも、一つ一つの問題は個別に切り離せず、連動して多角的に考えなければならないものばかりだ。兄王への助力を買って出たマッシュでさえ、目の前に山積した問題には頭痛を覚える。まして、一国を背負うエドガーは誰よりも強く頭を悩ませているはずだが、そんなそぶりは微塵も見せない。

「城じゅうのレディを悲しませるわけにはいかないからね。それに、フィガロがより良い国へと発展を遂げれば、他国からもたくさんの女性が移住してくるかもしれん」
「兄貴……女基準で考えんなって」
「何を言う、大切なことだ。女性なくして国が繁栄すると思うかい?」

ちちち、と指を揺らすエドガーの軽口は、場を和ませる。呆れながらも気持ちが軽くなるのを、マッシュは感じていた。エドガーも、半分はそれが目的で軽口を叩くのかもしれない。目先の苦労ばかり気にしても、疲れるだけだ。
それに、苦労が目に見えるのはフィガロ王国に限った話ではない。大戦の爪痕は世界各地に残っている。たとえばこの国と同じく王政を敷くドマでは、カイエンがかつての国民たちを主導して王家の血を引く人間を探し出し、ようやく新国王を擁立したところだと聞いた。荒廃した城の建て直しも始まったばかりらしく、それに比べれば戦後処理がほぼ必要ない、人手も設備も整ったフィガロはまだ恵まれていると言えるだろう。

「そうそう、この寒さも悪いことばかりではないよ。空気の冷たさが増したせいだろう、以前より夜空が美しくてね」
「夜空?」

執務室の窓を仰ぎ、エドガーは頷く。

「星の数と輝きが違うんだ。今まではゆっくり空を見上げる余裕もなかったから、ついこの間に気がついてね。
ああ、今日は珍しく風が吹いていない。マッシュ、お前の美しい奥方を連れてバルコニーにでも出てごらん。喜ぶと思うよ」
「だけど、これ」

机の上のトレイに収められた紙の束と兄の顔を交互に見比べた。承認済みの歳出金の明細、製作中の機械の進行状況報告書、他国の情勢。内容は多岐にわたる。
今日は昼過ぎから、エドガーの確認の終わった文書の整理を担当していた。本来は王子に回る仕事ではないが、エドガー同様機械の開発や整備で多忙な兵たちを見かねたマッシュ自らが交代を申し出たのだ。
書庫とこの執務室を何度か往復したが、書庫から戻るたびにトレイの中身はずっしりと増えていた。エドガーの抱えている未決裁の文書も、少なくはなさそうだ。

「まだまだ残ってる」
「そんなことないさ、お前のお陰でだいぶ減ったよ。助かった。まあ、綴るのは急ぎではないし、お前でなくともできる作業さ。今夜は遅いから、また明日以降、手の空いた者に頼むとしよう」

話しながらもずっと動いていた、国王のサインを記し続けた手が止まる。すらりとした腕を高く挙げて伸びをして、「私もそろそろ切り上げようと思っていたんだ」と付け足した。
それはただの自己主張ではなく、マッシュ一人の都合で仕事を終わらせるのではない、と思わせてくれるエドガーの優しさなのだ。幼いときには気づかなかった彼の気遣いが、実は普段の会話の端々に含まれていることを、最近になって感じられるようになった。

「我々の多忙さはセリスもよく理解し、文句を言わずにいてくれている。彼女自身、慣れない職務に一生懸命向き合っているというのにね。
だからこそ感謝の意を示し、夫婦の時間を大切にしないと、そのうち耐えかねて三行半を突きつけられるぞ」
「あー……そいつは勘弁してほしいな」

苦笑いを残し、マッシュは兄の言葉に甘えることにした。
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