駄文(長編)

□ S.M〜slave master〜19
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それは、何気ないいつも通りの日々から始まった。

今日、仕事を終えて家に帰宅すると、真島さんが先に来ていて私を出迎えてくれた。
玄関を潜ると奥から「おつかれさん」と聴きなれた声が。
渡したつもりの無い合鍵を所有する真島さんを責めるつもりはないので、気にせずにそのまま玄関で靴を脱ぎ、銀色のつま先の真島さんの靴の横に綺麗に並べて奥へと進む。

「もう来てたんですね、言ってくれれば良かったのに」
「思いの外今日の仕事も早うカタが付いてな?何も用事あらへんから先に上がらせてもろうたわ」
勝手知ったるなんとやら、テレビ前のソファに座って何やらニュース的なものを見ているようだった。否、ただ付けっぱなしにしているだけかもしれない。

持っていた仕事用の鞄を所定の位置に置くと、中から着替えを取り出して洗濯機に入れる。
普通のOLとかならもっと色気のある制服やらオフィス用のスーツやらを着て仕事に出ているのだろうが、水道配管の組み立て作業を主にしている私にとってそんなものは皆無で、色気の無い作業着ばかりが洗濯機に詰められていた。
そろそろ頃合いかもと、洗濯機に洗剤を投入すると、運転スイッチをオンにする。
後は便利な機械様が洗濯物を洗ってくれるので、恋人が待つソファに腰掛けようとその場に向かう。

すると、ソファ前に設置されているテーブルの上に、今朝は確かに無かった見覚えのある雑誌が数冊転がっているのが目に入ってきた。

「―――!!??」

私は、その雑誌を見るなり絶句してしまった。

何で、何故それが、この場に出ているの!?

「飛鳥ちゃん、見られた無い本っちゅうのはな、ベッドの下に隠しちゃアカンいうのは、青少年達の暗黙のルールやで?」

ニヤリと口の端を楽しそうに上げると、真島さんはその本を手に取ってパラパラと捲り始める。
「い・いやぁ!何でそれが出てるんですか!?」
「せやから言うたやろ?見られた無い本はベッドの下に隠しちゃ…」
私は真島さんからその雑誌を取り上げると、テーブルに並べてあった雑誌もかき集め、ぎゅっと胸に抱く。
「―真島さん酷い…私の大切な本を…!」
「ん?大切な本やったんか?俺はてっきりオカズ用の本やと…」
「オカズって何ですか!こんな本でムラムラする人が居るんですか!」
そう言いながら、手にしていた雑誌を真島さんに突きつける。
それは、少し前に発売されたアイドルや俳優が載っている情報雑誌だった。
その本を目の前に出されても意図がわからないといった風にキョトンとした顔をする真島さんは、小首をかしげながら私に言った。

「…せやから飛鳥ちゃん、結構マニアックな性癖しとるんばかりやと…」
「マニアックって何ですか!」
「…もしかしたら、イケメンアイドルやらのグラビア見て興奮する趣味なん…」
「しません!それだったら真島さんとお付き合いしません!」
「何やて?こんなハンサム捕まえといて、イケメンに劣る言うんか?」
「うっ…劣るとかそういうんじゃないんですけど…」
再び雑誌を胸に抱くと、ぎゅっと拳を握り締めた。

「―この雑誌には、澤村遥ちゃんが載ってるんです…だから、大事に取ってあるんです!」

女の癖に、女性アイドルが好きだなんて知られたくなくて、隠していた事だったんだけど、雑誌が見つかってしまいあらぬ誤解をされては何だか癪に障るので、正直に話す事に決めた。

「―は?澤村遥やて?」

笑われるのを覚悟で言ったのだけど、真島さんの反応はどちらかと言えば驚いているように感じ取れる。
「で・でも!遥ちゃんと付き合いたいとか、別にそういう好きじゃなくてですね!可愛い子が一生懸命にプリンセスリーグを勝ち抜いて行った姿に感動したっていうか…」

デビューと同時に引退してしまった伝説のアイドル。
何とか手に入れたプレミア物のチケットでデビューコンサートを見ただけで居なくなってしまったけど、あの笑顔に何度癒された事か…!

「素直に応援したくて、ホント疚しい気持ちは…って聞いてます?」

私が一生懸命に話しているのに、当の真島さんは考える仕草をしている。
え?もしかして、私の話に興味無い感じ?

「…なぁ飛鳥ちゃん、澤村遥言うんはどないな子や?」
「え?あっ…えっと、この子ですけど?」

私は雑誌をパラパラと捲って、遥ちゃんが掲載されているページを開いてみせた。
眉間に皺をよせつつ、雑誌を覗き込んで凝視する真島さんに、私は再び講釈をたれる。

「若いのに考え方もしっかりしてて、めっちゃ可愛いんですよ〜」
えへへと笑う私にチラリと目線を移した真島さんは、再び雑誌に目を落す。
「…あぁ、やっぱり桐生ちゃん所の嬢ちゃんやったんか。しかも…いや、何もあらへん」
真島さんは、何かを言いかけたみたいだったけど、私はそれ所じゃなかった。
桐生?はて、何処かで聞いたような名前…

記憶の中を廻ってみると、デビューコンサートでの遥ちゃんの言葉が鮮明に蘇って来た。

『私は…桐生一馬の家族です―』

そうだ、確か遥ちゃんはそんな事を言っていた。
桐生一馬…伝説の極道。
東城会四代目だって噂の…あれ?東城会って?

「…東城会って言ったら、確か真島さん達が居るのって…」
「せやなぁ、東城会…やな?」
惚けるような仕草で答える真島さんの横に座って、ぎゅっと腕を掴んだ。
「えっ…でも今の東城会の会長さんって、確か堂島…」
「大吾ちゃんの事か?ありゃ六代目や。桐生ちゃんは、その前に四代目として東城会会長の名前を継いだんや。まぁそれも少しの間だけで、他のどうしょうも無い男に五代目譲りよって…」
「それって!それって真島さんは桐生さんって方とお知り合いって事ですよね?」
「知り合いも何も、桐生ちゃんとは浅はかならぬ関係やで?」
ニヤニヤと笑って答える真島さんが何だか釈然としなかったけど、ということは遥ちゃんのその後を知っているかもしれない。
「あの…遥ちゃんは…その桐生さんと一緒に居るんですか?」
「お前は遥ちゃん遥ちゃん煩いやっちゃなぁ…」
「教えて下さい!遥ちゃんは…」
私が真島さんにそうやって迫ると、チラリと横目でこちらを見て、

「…人にモノを頼むなら、もうちっと何か足りへんのとちゃうんか?」

そう言いながら私の顎を人差し指で掬い上げた。

「…何ですか?」
「ギブアンドテイクっちゅうやつや、俺への報酬は?」
「報酬って…」
そう言われて、少し眉を潜めて真島さんを見返した。
この顔は、何やら良からぬ事を考えている顔…?
「せやなぁ…沖縄の海で飛鳥ちゃんの水着姿…ってのはどないやろか?」
「…はい?」

言われている事が理解出来ずに思わず首を傾げた。

「飛鳥ちゃん、お休みは何時からやったやろか?」

そう言うと、真島さんは楽しそうに携帯電話を取り出して、何処かに電話を掛けているようだった。

「…もしもし!お、今日はちゃんと出てくれたんやなぁ。久しぶりやのう…そっちは元気でやっとるんか?」
とても気さくに話しているけど…誰だろう?
「冴島も大吾ちゃんも元気にしとるで?…せや、今度の休みにな、そっちに遊びにいくやさかい、久々に相手してぇな?桐生ちゃん」

…ん?桐生ちゃん?今桐生ちゃんって言った?

「嬢ちゃん達にも宜しゅう言うとってな?ほな、さいなら」

恐らく相手の返事も聴かずに電話を切ったのであろうと予想される速さで通話を切ると、今度は鼻歌交じりに違うところへ電話を掛け始めた。

「おう、俺や。…せやから俺言うたら俺やろが!ナンバーディスプレイくらい確認せぇ!…は?そんなん知らんって…まぁええわ」
真島さんは、不思議そうに見上げていた私の顔をチラリと見て、自身が耳に当てていた携帯電話を私の耳に宛がった。

『俺俺言うて電話かけよるんは、兄弟か詐欺のどっちかて相場が決まっとるからなぁ…』
「あっ!冴島さん!」
『…あ?何や飛鳥か?そうか、今日は飛鳥と一緒に居るんか…』

真島さんには名乗れと言いながら、私には一声聞いただけですぐに判ってくれる冴島さんを嬉しく思って、思わず顔がニヤニヤしてきてしまう。
私が顔を綻ばせているのが気に食わなかったのか、少し乱暴に私の耳から受話器を取り上げると、真島さんは再び冴島さんと話を始めた。
「冴島、今度沖縄行くからな?時間空けとけや。ほな、またな」
それだけ用件を伝えると、恐らく向こうの返事を聞かないうちに通話を切ってしまった。

「―ちゅう訳やから、飛鳥ちゃんも準備、宜しく頼んだで?」
「準備って…何?」
「アホ、話聞いとったやろが?沖縄や、沖縄行くで?」

訳も解らぬまま、真島さんが企画した沖縄旅行へと、私と何故か冴島さんも巻き込んで、飛び出す事になったのだった…



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