駄文(長編)

□S.M〜slave master〜16
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〜飛鳥 side〜

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「また、待ちぼうけ?」

頬に温かい何かが触れたので、思わずビクッと後ろを振り返る。

振り返った目線の先には、スーツのシャツを着崩し、甘いマスクで笑う秋山さんが立っていた。

ここは神室町、ミレニアムタワー前。

金曜日の今日は私が仕事を終わらせた後、直接この町へと足を運んでいた。

当然の如く、真島さんと待ち合わせのために…

「あっ、お疲れ様です秋山さん!今日はもうお帰りの時間ですか?」

「いや?これから金融の方の集金行ってから、店にも顔出す所」

秋山さんは、私に缶に入ったミルクティーを手渡しながらそう言った。

「お忙しそうですね」

小さく、ありがとうございますと言いながら、私は缶を受け取って、その温もりを握り締めた。

ジワリと指先が温まり、ハァッと吐く息は一層白くなったように感じた。

「こんな寒空の中待ってないで、ウチの店にでも行って待ってれば良いのに」

「いえっ、私はもうエリーゼで働いてないんですから、悪いですよ」

「遠慮しなくて良いんだよ?店長だって他の子だって、飛鳥ちゃんなら何時でも歓迎だからね」

私は肩を竦めて、また今度お邪魔しますと答えた。

「それはそうと…君、猫アレルギーなんだって?この前冴島さんが言ってたよ?」

私は、以前冴島さんと話したアレルギーの話を思い出してハッとした。

秋山さんにも知られてしまった、私の弱点。

別に、知られたからといって損する事なんて無いんだけど、何となくバツが悪かった。

それにしても、冴島さんと秋山さんって、何だか妙に仲が良い時があると言うか何と言うか…

普段、2人で何を話しているのだろうか?

「…秋山さんって、冴島さんと妙に仲が良いですよね?」

思いきって聞いてみると、秋山さんは片眉を上げて答えてくれた。

「ん?気になる?…以前、キャバの店が経営に悩まされてた時に、お店に女の子紹介してくれたり…」

…冴島さんがキャバ嬢の紹介なんて、意外…

でも秋山さんが困ってたんだから、仕方なく…だよね?うん。

「…あと、俺個人で、あの人の妹さんと、ちょっと…ね」

何だか言いづらそうに、秋山さんは答えた。

冴島さんの妹って言ったら、確か亡くなったって聞いたことがある…

秋山さんと冴島さんの妹さんって…どんな関係があったんだろう?

「何?その顔は、冴島さんの妹と俺の関係…気になっちゃう感じ?」

私の心を見透かすように、秋山さんは少し前に屈みながら私の顔を覗き込んだ。

「えっ…いやっ!別に気になる訳じゃ…」

慌てて否定してみるものの、秋山さんは何だか探るような視線を私に投げ掛けている気がした。

…もしかして、私と冴島さんの事、何か疑ってたりする…?

そんな私の胸の内を知ってか知らずか、秋山さんは私でもちょっとぽ〜っとしちゃうような顔で笑顔を見せた。

「いや、別に話す事でも無いし…ねぇ?」

私の好奇心は、その秋山さんの笑顔と拒否の言葉でピシャリと遮られた。

…でも、私が聞き返しさえすれば、その話をしてくれそうな気はするんだけど…

何となく、それを聞いてしまうのはいけないことのように思えて、話題を替えようと頂いたミルクティーの蓋を開けた。

「…そういえば、私が猫アレルギーって話…でしたよね?」

開けた缶に口を付けてそれを傾けると、少しぬるくなった液体が体の中に入り込み、心地よい暖かさに包まれた。

「猫ちゃん、大好きなんですけどね〜、こればっかりはどうしようもなくて…」

暖かくて、柔らかくて…在りし日に触れたあの温もりを思い出しながら、空を見上げた。

その目の先には、真島さんが居るであろうミレニアムタワーの上階が写っていた。

「でも、最近は私の方が冴島さんにも猫みたいだって言われちゃったりして…でも、真島さんの方がよっぽど猫っぽいと思いませんか?」

「…真島さんが?猫っぽい?…何処が?」

驚く秋山さんの顔を見て、私は笑いながらその問いに答えた。

「狂犬なんて言われてるけど、神出鬼没で身軽で…ノリノリで遊んでたかと思ったら、急に構わないでくれオーラ全開にしたり…」

いつも一緒に過ごす真島さんの姿を想像しながら、言葉を探す。

「気まぐれで、でも急にベタベタしてきたり…ホント、猫みたい」

多分、本人にこんなこと言ってしまったら不機嫌になるであろう事だけど、不思議と秋山さんには話しやすい。

…真島さんとの距離がそんなに近く無いからかな?

これが冴島さんだったとしても、恐らくこんなに話は出来ない。

「そうなんだ…でもそれは、飛鳥ちゃんだから知ってる真島さんの姿だね」

秋山さんは私の横に腰を下ろして、私が見上げた同じ空を仰いだ。

「でもさ、それを言ったら俺だって猫っぽくない?」

秋山さんがそんなことを言うものだから、目を丸くして彼を見詰めた。

「秋山さんが、猫ちゃんですか?」

確かに、しなやかな身のこなし、いつも眠そうなダルそうな雰囲気、優しく響くその声…

私が少し寂しいなと思って居ると、いつの間にか側に居て、相手をしてくれて。

「…言われてみると、秋山さんも猫ちゃんみたいですね」

思った事を口にしたら、秋山さんは嬉しそうに笑ってくれた。

「褒め言葉として、素直に受け取っておくよ」


ぬるくなった缶のミルクティーをグッと飲み干すと、まだ来ない恋人の連絡を待ちながら、猫のような優しい人との時間を過ごした。


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