駄文(長編)

□S.M〜slave master〜16
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〜秋山 side〜

※※※※※※※※※※※

今日は金曜日。

以前お店で働いていた行動パターンと照らし合わせてみると、大体金曜日は恋人と会う日と決まっているらしく。

いつもそこで待ち合わせをしている訳ではないと言うのを承知の上、彼女が会社を終えてこの町に来るであろう時間帯に、ミレニアムタワーの前へと足を運んでしまう。


すると、今日は当りの日だったのか、ミレニアムタワーの前で座る飛鳥の姿を確認することが出来た。

通りにあった自動販売機で、彼女が好きな銘柄のミルクティーを買って、そっと近付いた。


「また、待ちぼうけ?」

頬に温かいミルクティーの缶をそっと触れさせて声をかけると、飛鳥はビクッと後ろを振り返る。

振り返ったその顔を見て、思わず俺は嬉しさのあまり笑みを溢した。


「あっ、お疲れ様です秋山さん!今日はもうお帰りの時間ですか?」

偶然を装う事に成功したらしく、飛鳥は少し笑いながら俺に話しかけた。

「いや?これから金融の方の集金行ってから、店にも顔出す所」

俺は缶に入ったミルクティーを飛鳥手渡しながらそう言った。

「お忙しそうですね」

小さく、ありがとうございますと言いながら、飛鳥は缶を受け取った。

それをギュッと握りしめ、ハァッと白い息を吐く彼女を見て、抱き寄せて暖めたくなる衝動にかられた。

しかしそれは許されない行為で、いくら俺が強引にそれをしたとしても、彼女を困らせる事にしかならないのは目に見えている。

「こんな寒空の中待ってないで、ウチの店にでも行って待ってれば良いのに」

せめて寒さを和らげてあげたいと、少しだけ提案をしてみた。

「いえっ、私はもうエリーゼで働いてないんですから、悪いですよ」

「遠慮しなくて良いんだよ?店長だって他の子だって、飛鳥ちゃんなら何時でも歓迎だからね」

飛鳥のお人好しが出ているのか、彼女は肩を竦めて、また今度お邪魔しますと答えた。

「それはそうと…君、猫アレルギーなんだって?この前冴島さんが言ってたよ?」

俺は以前冴島さんと話した時に彼が言っていた共通の話題を持ち掛けた。

あまり口数が多い方じゃない彼だが、ニューセレナで会った時にふと飛鳥の事を聞いたら、ポツリポツリと話をしてくれた。

それにしても、そんなプライベートな話をしているとは、飛鳥と彼は、妙に仲が良いと言うか何と言うか…

「…秋山さんって、冴島さんと妙に仲が良いですよね?」

自分が考えていた事と同じようなことを聞かれ、内心驚きながらも、それを悟られないように片眉を上げて彼女に答えた。

「ん?気になる?…以前、キャバの店が経営に悩まされてた時に、お店に女の子紹介してくれたり…」

キャバ嬢の話をした途端、彼女の瞳が一瞬揺らいだのを、俺は見逃さなかった。

…何が、彼女の心に引っ掛かったんだ?

気にはなったがそのまま、話を続けた。

「…あと俺個人で、あの人の妹さんと、ちょっと…ね」

試しに俺個人に関する冴島さんとの繋がりを匂わせてみると、意外にも考えるような素振りを見せた。

もしや彼女は、リリちゃん――靖子ちゃんの事も知っているのだろうか?

「何?その顔は、冴島さんの妹と俺の関係…気になっちゃう感じ?」

彼女の本意を知りたくて、少し前に屈みながら飛鳥の顔を覗き込んだ。

「えっ…いやっ!別に気になる訳じゃ…」

慌てて否定する飛鳥に、わざと探るような視線を投げ掛けた。

やはり、何か知っている…?

そう思ったが、そういえば靖子ちゃんは真島さんとも面識が在ることを思い出した。

そっち方面から話を聞いているのであれば、冴島さんの妹の存在を知っていてもおかしくないか…

そんな考えが浮かび、確かめる事も出来ずに俺は困ったような顔で見詰める飛鳥にとびきりの笑顔を見せてこう言った。

「いや、別に話す事でも無いし…ねぇ?」

否定の言葉とも取れる言い方をしてみたが、俺は飛鳥が再び靖子ちゃんとの話を聞いてくるのであれば、素直に答えるつもりでいた。

しかしそのような事は無く、飛鳥は話題を替えるようにミルクティーの蓋を開けた。

「…そういえば、私が猫アレルギーって話…でしたよね?」

開けた缶に口を付けてそれを傾けると、安心したかのように目を細めた。

「猫ちゃん、大好きなんですけどね〜、こればっかりはどうしようもなくて…」

そう言いながら、飛鳥はゆっくりと空を見上げた。

きっと、ミレニアムタワーの上にいる恋人の事でも想っているのだろう。

しかし、彼女にも触れたくても出来ないモノがあったと知って、俺は胸が熱くなるのを感じてしまった。


彼女も、俺と同じように、焦がれる気持ちを味わっているのだろうか…


「でも、最近は私の方が冴島さんにも猫みたいだって言われちゃったりして…でも、真島さんの方がよっぽど猫っぽいと思いませんか?」

突然、突拍子もない事を言われて、俺は少し戸惑った。

「…真島さんが?猫っぽい?…何処が?」

嶋野の狂犬と称される彼を、あろうことか猫に例える彼女は、笑いながらその問いに答えた。

「狂犬なんて言われてるけど、神出鬼没で身軽で…ノリノリで遊んでたかと思ったら、急に構わないでくれオーラ全開にしたり…」

一つ一つ、思い出すように彼を語る彼女を、じっと見詰めた。

「気まぐれで、でも急にベタベタしてきたり…ホント、猫みたい」


「そうなんだ…でもそれは、飛鳥ちゃんだから知ってる真島さんの姿だね」

狂犬が猫のように彼女に接する姿は、恐らくなかなか見られるものではないだろう。

俺は飛鳥の横に腰を下ろして、彼女が見上げた同じ空を仰いだ。

そして、肩に腕を回そうと、そっと手をあげたが、それをすることなく、再び座った椅子の上に己の手を突いた。

「でもさ、それを言ったら俺だって猫っぽくない?」

何故か無性に対抗したくなってそう答えると、飛鳥は目を丸くして俺を見詰めた。

「秋山さんが、猫ちゃんですか?」

少し、考えるような顔をしたかと思ったが、すぐにまた俺を見詰めて、

「…言われてみると、秋山さんも猫ちゃんみたいですね」

そう、その柔らかそうな唇から言葉を紡いだ。

俺は、君の焦がれる猫のような存在になることは出来るのかな?

猫のように、静かに君の側に居て、飛鳥の悲しみも寂しさも癒してあげられたら…

「褒め言葉として、素直に受け取っておくよ」


未だ優しい人にしかなれない自分自身だが、それでも少しだけ、同じ空間を共有出来る嬉しさを感じながら、君のご主人様からの連絡が来ないことを少しだけ願ってしまう自分が、滑稽で仕方なかった。




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