FE 蒼炎/暁 二次

□クリミアの祭日
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あの聖戦からおおよそ1年半が過ぎようとしていた今日、ここクリミア王国は異様な熱気に包まれていた。
国を上げての盛大な祝祭が開催される予定である。2週間も前から目指す人々の大移動でここ、王都メリオルはごった返していた。

「見てください、エリンシア様、もうこんなに人が集まって。式まではまだまだ早いのに。」
髪を結わい付ける年若の髪結い、リザも、沸き立つ城下に興奮ぎみに語りけた。
まだ日も上らない早朝である。エリンシアはテラスの側をちらと見た。遠いこの場所にもガヤガヤとした喧騒が聞こえてくるようだ。
「ふふ、いやだわ、リザったら、ここからじゃ、見えないわ。私は、動いても良いのかしら?」
「あ、そうでした。動かれちゃ困ります、済みません。」
エヘヘと屈託なく笑う。
ーー本当に、羨ましい。
今日は、半年も前から予定されていた、国主エリンシアと英雄、ジョフレ将軍の結婚式なのである。国主の、しかも両者とも美しい若者のうえ、聖戦の英雄同士とあって、国民の熱狂は只事ではない。
にもかかわらず、エリンシア本人の胸中は複雑であった。
結婚が、姦淫を禁じた生涯の契約であるとしたら。姦淫とは、肉体の繋がりを意味するものか、それとも心に想うことをも示すのだろうか。だとしたら、心に夫となる人以外の想いを残す自分は、既に背徳者なのかもしれない。
「…さま、エリンシア様?」
「…え、ああ、何?」
「もー、幸せボケですか?はい、出来ました!どうです。」
自信たっぷりに鏡を示した。
「ありがとう、とても素敵。」
「…何だか気のない返事、本当ですかぁ?」
「本当、すごく気に入ってるわ、…ねえ、そうだ!ジョフレにも見てもらいましょう?ね、呼んできて頂戴。」
側仕えの女中がさっと扉を出た。
「ええっ!今ここに?本当に?キャー、どうしよっ!」
髪結いのリザはジョフレの隠れファンである。彼女に限らず若い娘にとって、今、彼もまた一過性のブームの中にある。
「エリンシア様。お呼びでしょうか。」
頬を上気させた、耀くばかりの笑顔。白馬に乗った王子様、を地でいくような彼には、夥しい宝飾に飾られた正装がよく似合う。
声もなく棒立ちし、今にも卒倒せんばかりのリザへの、ちょっとしたサービスである。
「まあ、ジョフレ、よく似合ってるわ。ねえ?リザ。」
「は、はいいっ!…とても。」
「身に余るお言葉。このような姿で皆様の御前に立つのは…少し恥ずかしいのですが…。私などより、貴女様の方がずっと!…その、…美しい…」
照れくさそうに頭を掻きむしった。白い顔に紅が差す様子はまるで、穢れを知らない少年のように無垢である。
「ああっ!いけません!セットが乱れてしまいますよっ。」
髪結いのリザは突然我に返った。職業意識は大したものだ。
「ああっ、しまった!どうしよう…。」
「ふふ、駄目ね、リザ、直して差し上げて。」
「そうだな…リザ殿、お願いしますでしょうか。」
ジョフレは折り目正しく頭を下げた。
「えええっ!そんな…勿体無い…。」
等身大はあろうかという鏡台の席に腰かけたジョフレに、ガチガチに緊張した手で、リザは櫛をいれ始めた。

ジョフレに席を譲ったエリンシアは、テラスに続く窓辺に立ち、熱狂に沸く民衆の様子を見下ろした。
「おい見ろ!エリンシア様じゃないか?」
大音声に沸く民衆の群に小さく手を振りつつ、ついその中にある人の姿を探してしまう。元々の色が分からない程に色褪せ、ボロボロに擦りきれたマントを羽織り、腰に大検を佩びた、逞しい姿を。彼ならばキラキラと耀く軍装など、絶対に似合わないであろう、夢想につい1人笑いする。
案内状は出してある。けれどエリンシアは確信している、彼は来ないーー。
最後に会ったのは、およそ半年前になる。ペグニオン帝国で、月の綺麗な夜だった。
その日、たった一度きりの異国での逢瀬だった。その時を限りに彼と、彼への想いと、永久に訣別した、つもりでいた。
だが、これは約束違反、未練だ。今日の日を迎えてなお、まだ彼に心を残したままの自分がいる。
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