FE 蒼炎/暁 二次

□聖女の憂鬱
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デイン王国の首都ネヴァサ。
かつて、狂王アシュナードに蹂躙され、その後はペグニオン帝国の直轄地として自治を奪われた、悲劇の都である。しかし今は、かつてペグニオンの圧政に抗した革命軍のリーダー、ミカヤが采配を採り、前向きな復興に向かった気運に満ちている。
街の中心部、とはいっても取り残された貧民街のような場所であるが。
一角に、小さな薄汚れた教会がある。しかしそこは、外見とは裏腹に、生気と笑い声に満ちていた。
「ローラぁ、こっち、スープがまだだよ。」
「はいはい。ちょっと待っててね。」
「チビが溢したよ!」
「あら大変。」
孤児院を兼ねたこの教会には、常に十人ほどの子供が生活する。食事の時間、シスターのローラは大忙しなのである。
「ねえ、あの人、さっきからずっとこっち見てる。」
一昨日来たばかりの少女が、痩せた手でローブの裾をギュッと握る。チラッと振り返り、ローラは少女に笑いかける。
「ああ、あの人は…」
「ばーか。あの人、ローラのコレだよ。」
「ち、違っ…こらっ、待ちなさい!」
親指を立てる仕草をし、ローラの脇をすり抜ける古参の少年。
雑多な食事は、何時もの日常だった。
「悪いな、忙しい時に。ちょっと近くを回ってたから。」
「いいえ、ブラッドも、遠慮しないで中に来ればいいのに。」
「いや、…怖がられると、いけないと思って…却って怖がらせたかな?」
ローラはクスッと笑った。無愛想な彼は最初、小さな女の子には怖がられるのだ。目付きが悪いのを、本人は相当気にしているらしかった。
(優しい人なのに…。)
その証拠に、中庭のテーブルに着いた彼には、もう沢山の子供達が集っている。先程の少女も、おそるおそる輪に加わった。
彼と神父様の為にお茶を淹れながら、ローラはふと溜め息を吐く。

「あーっと、じゃ、見廻りの途中だから。」
暫しの談笑の後、彼が椅子を立った。手を振って去って行く彼。浮き立った気持ちが不思議に沈みはじめる。この高揚が何であるのか、自分には分からない。
いけないーーこんなことを考えては。彼もローラもこの教会で、幼い頃を過ごしてきた、孤児だった。丁度、先程の少女と少年のように。ただ無邪気に。
変わったのは、あの闘いを経てからだ。私はシスター、女神に仕える身。皆を平等に愛せなければならないのに、彼の身を余程案じてしまうのは、信心が足りていないからなのか。
皆が寝静まった深夜の告解室、ローラはこっそり燭台に明かりを灯す。今日こそは、女神に赦しを請わねばなるまい。
深閑とした小さな部屋、昼間の喧騒が嘘のようだ。
膝を折り、小さな台に肘をついて手を組み、祈りを捧げる。

ーー女神様、私は告白しなければなりません。はい。彼の、ブラッドのことです。
あの闘いの時、そう、クリミア・ガリア連合軍と間見えた、あの時です。沢山の怪我人が出ました。彼もまた大きな怪我を負いました。その時私は…、あろうことか、他の誰よりも彼の身を案じてしまったのです。あまつさえ、彼だけが助かれば良いとまで!
私は皆を等しく愛さなければならなかったのに…。
ーーローラ。
…女神様?
ーーそれは、仕方ない事。小さな頃から時を過ごした幼馴染みに、一層の情けを懸けるのが、そんなにいけないことかい?寧ろ、より深い情をかけることで、己の持つ愛の深さを増しているのでは?
…それだけではないのです。近ごろ、彼と話をする度に、なんと言うか、浮き立った、そわそわした高揚感があるのです。手など繋いでみたいなどと。…私は何と不埒なんだろうと。
このような者が、あなた様や、子等に奉仕するなど、赦される筈がありません。
ーーローラ。君たちが対峙した女神は本当にそれを禁じていた?
彼は心を痛めているよ。不器用な子だ、君が前みたいに親しく接してくれなくなったのは、何故だろうと。聞くことも出来ないでいる。
思い当たる節、あるだろう?何故彼は気に病んでいるか、分かるかい?彼もまた、君と同じ気持ちだから、だよ。
…!そんなこと、…ない、はず。でも…どうしたら…。
ーー簡単なこと。認めなさい。心を偽ることを、私は望まない。
…はい、これからは、心に正直に、…少し、恥ずかしいですけど。
ーーよろしい。では、もうおやすみ。そうだ、明日は、街の謝肉祭。彼を誘ってみるといい。
…ええ!でも神父様のお勤めが…それに子供達…。
ーーあ、ああ。彼は、…彼はきっと、君に休暇を与える、そして、天使達を伴い、祭に出掛けるだろう。
…ありがとう、ございます。おやすみなさい、神父様。
クスっと笑い、蝋燭を吹き消した。真っ暗になった教戒室には、偽の神の小さな溜息だけが響いた。
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