FE 蒼炎/暁 二次

□領主のお仕事
1ページ/9ページ

「え?御客様に、領内の案内を?」

「左様。中央からの大事なお客様が7日に渡って後滞在なされます。実は…内々で復興にかかる予算の査定に。くれぐれも粗相なきよう、お願いしますよ。」

ジルは気を引き締めた。

ミカヤに請われ、デインの田舎、ダレルカの領主となって、半年が経とうとしていた。

とはいえ、右も左も分からない、新米領主のことである。これまでここを取り仕切ってきたという、白髪混じりの、政務官長の言う通りに、あちこちの饗宴に招かれるだけの日々が続いていた。

(宴会ばっかり。こんなものなの?)

すくなし、前領主であった父はそうではなかった。
 一度、父のように領内の定期見回りをしたいと申し出たが、頼むから止めてくれと、叱られてしまった。

実は、領主に着任して以来、ハールへは全く連絡をしていない。

領主の任の打診があったとき、真っ先に相談したのは、無論ハールだった。彼は嬉々として、それを推し進め、半ば追い出すようにジルをここにやったのだ。

(やっぱり私の事、邪魔としか思ってないんだ。)

ジルは落胆を隠せなかった。

まだほんの幼い頃から密かに想いを寄せていた彼だった。父親を亡くした自分と一緒に暮らそうと言ってくれた。先の女神との戦いでは、私のことを大事だと、抱き締めてくれたーーなのに。

腹立たしくもあり、何より悲しかった。

 また荷運びという仕事柄、彼の不在も重なったためでもあるが、それは言い訳に過ぎない。

 早い話、意地になっているのだ。

そんな鬱屈した日々が続いていただけに、今回、はじめて仕事らしい仕事を仰せつかった時は、俄然張り切った。
 がーー。
(また宴会、か。)

今日で3日目だというのに、一向に「視察」とやらが行われる様子はない。昼間は館内にいて、何かをしているようだが、行ってみると追い払われる。そして、夜は贅沢な饗応。 

 (こんなものか。)

溜め息が漏れる。

ジルは着飾るのもあまり好きではない。動きにくいし、第一自分には似合わないと思う。

(いつもお金がないって、言ってる癖に。)

 節制暮らしが長かったせいか、どうしても勿体無いと思ってしまうのだ。

加えて今回、中央から来たというこの役人達。中でも一番偉そうな、査察長と敬われている血色の悪い男。さっきから、並べられたご馳走の油で紫色の唇をベトベトにし、それをしきりに舐めている。事あるごとにこちらの給士を呼びつけ、やれ味付けが濃いだの、酒が安っぽいだの文句を言っている、あの男、どうにも生理的に受け付けない。

彼が、ヒキガエルに似た眼で、じっとりとした妙な視線を送ってくる。連日のパーティーで身に付けた愛想笑いで返すものの、フォークを持つ手がどうにも震える。
と、ワインに酔ったヒキガエルが隣に腰掛けた。生臭い息がかかり、気色悪い。

「これはこれは、領主様は今宵もお美しい。」

「あ、ありがとうございます。」

 肩にかけられた丸っこい手に、思わず顔がひきつる。

「しかし、お若いのに大変ですなあ、ご立派なことだ。小生、必ずや貴女をお助けいたしますぞ。」

 両の手で右手を握る。

「あ、あの!ところで、」

 ジルはさっと手を払った。

「明日は、領内の様子を見に行きませか?私、空から案内しますよ。」
「い、いや竜はちょっと…」
「領主様!お客人は日々の職務で、疲れておいでなのですよ!」
たしなめられる。が、尚も食い下がる。

「大丈夫ですって。このあたりをギュッと持っててもらえば…」

腰のあたりを示す。

「…ほう。腰ですか。」

「はい。気持ち良いですよー。」

「気持ち良い…かもしれませんな。…宜しい。行きましょう。」

「査察長殿!危険なのでは…」 

連れの部下達と館の政務長官が一斉に顔色を伺う。

「たまには仕事…いや、気分転換も良いでしょう。」 

「じゃあ、約束ですよ!」

指切りする。まんざらでもなさそうだ。まだ不服そうな政務長官にちらっと舌を出す。

明日、しっかり見てもらおう。領主の仕事、やっとそれらしくなりそうだ。

 そうすればきっと、自分を認めてくれるに違いない。
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ