FE 蒼炎/暁 二次
□領主のお仕事
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「え?御客様に、領内の案内を?」
「左様。中央からの大事なお客様が7日に渡って後滞在なされます。実は…内々で復興にかかる予算の査定に。くれぐれも粗相なきよう、お願いしますよ。」
ジルは気を引き締めた。
ミカヤに請われ、デインの田舎、ダレルカの領主となって、半年が経とうとしていた。
とはいえ、右も左も分からない、新米領主のことである。これまでここを取り仕切ってきたという、白髪混じりの、政務官長の言う通りに、あちこちの饗宴に招かれるだけの日々が続いていた。
(宴会ばっかり。こんなものなの?)
すくなし、前領主であった父はそうではなかった。
一度、父のように領内の定期見回りをしたいと申し出たが、頼むから止めてくれと、叱られてしまった。
実は、領主に着任して以来、ハールへは全く連絡をしていない。
領主の任の打診があったとき、真っ先に相談したのは、無論ハールだった。彼は嬉々として、それを推し進め、半ば追い出すようにジルをここにやったのだ。
(やっぱり私の事、邪魔としか思ってないんだ。)
ジルは落胆を隠せなかった。
まだほんの幼い頃から密かに想いを寄せていた彼だった。父親を亡くした自分と一緒に暮らそうと言ってくれた。先の女神との戦いでは、私のことを大事だと、抱き締めてくれたーーなのに。
腹立たしくもあり、何より悲しかった。
また荷運びという仕事柄、彼の不在も重なったためでもあるが、それは言い訳に過ぎない。
早い話、意地になっているのだ。
そんな鬱屈した日々が続いていただけに、今回、はじめて仕事らしい仕事を仰せつかった時は、俄然張り切った。
がーー。
(また宴会、か。)
今日で3日目だというのに、一向に「視察」とやらが行われる様子はない。昼間は館内にいて、何かをしているようだが、行ってみると追い払われる。そして、夜は贅沢な饗応。
(こんなものか。)
溜め息が漏れる。
ジルは着飾るのもあまり好きではない。動きにくいし、第一自分には似合わないと思う。
(いつもお金がないって、言ってる癖に。)
節制暮らしが長かったせいか、どうしても勿体無いと思ってしまうのだ。
加えて今回、中央から来たというこの役人達。中でも一番偉そうな、査察長と敬われている血色の悪い男。さっきから、並べられたご馳走の油で紫色の唇をベトベトにし、それをしきりに舐めている。事あるごとにこちらの給士を呼びつけ、やれ味付けが濃いだの、酒が安っぽいだの文句を言っている、あの男、どうにも生理的に受け付けない。
彼が、ヒキガエルに似た眼で、じっとりとした妙な視線を送ってくる。連日のパーティーで身に付けた愛想笑いで返すものの、フォークを持つ手がどうにも震える。
と、ワインに酔ったヒキガエルが隣に腰掛けた。生臭い息がかかり、気色悪い。
「これはこれは、領主様は今宵もお美しい。」
「あ、ありがとうございます。」
肩にかけられた丸っこい手に、思わず顔がひきつる。
「しかし、お若いのに大変ですなあ、ご立派なことだ。小生、必ずや貴女をお助けいたしますぞ。」
両の手で右手を握る。
「あ、あの!ところで、」
ジルはさっと手を払った。
「明日は、領内の様子を見に行きませか?私、空から案内しますよ。」
「い、いや竜はちょっと…」
「領主様!お客人は日々の職務で、疲れておいでなのですよ!」
たしなめられる。が、尚も食い下がる。
「大丈夫ですって。このあたりをギュッと持っててもらえば…」
腰のあたりを示す。
「…ほう。腰ですか。」
「はい。気持ち良いですよー。」
「気持ち良い…かもしれませんな。…宜しい。行きましょう。」
「査察長殿!危険なのでは…」
連れの部下達と館の政務長官が一斉に顔色を伺う。
「たまには仕事…いや、気分転換も良いでしょう。」
「じゃあ、約束ですよ!」
指切りする。まんざらでもなさそうだ。まだ不服そうな政務長官にちらっと舌を出す。
明日、しっかり見てもらおう。領主の仕事、やっとそれらしくなりそうだ。
そうすればきっと、自分を認めてくれるに違いない。