FE 蒼炎/暁 二次
□哀悼
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月の明るい晩だった。ハールは営地の仮設テントから、少し離れた丘陵にいた。
見廻りのルートからも外れたそこは、うだうだと考え事をするのに絶好の場所である。
…主の敵と見定めた一人は、我も思わぬ展開でその復讐を遂げることができた。
手は届かぬと思っていた、かの抂王にも、ここの軍力があれば対峙できる可能性すらある。
しかし…。
(もう、十分じゃないか?)
プラハの最期は、実にあっけないものだった。デインが自軍であった時、強大だと信じていた相手が。反吐が出そうなのを耐えてひたすら媚びを売り続け、機会を狙っていたものを。
『一緒に戦いましょう。』
実にあっさりと、しかし真っ直ぐにジルは自分を翻えさせた。
アイク将軍に貫かれたプラハを見た瞬間。
ああそんなもんか。
口を突いたのは、そんな感想だった。
今はもう、空っぽの自分と、喪失の虚しさしか残ってない。
強い遺恨と供に、生命力すら抜け落ちてしまったようだった。
白い月はまるで自分の命運を嘲笑うかに、のどかにぽっかりと浮かぶ。
(…ん?)
忍びよる気配に目を覚ます。 いつの間にか、眠っていたらしい。
「あの。…隊長。よろしいでしょうか。」
月を背負ったシルエットは、髪を高く結んだ少女、ジルだ。
「隣、腰掛けても?」
「ああ、好きにしろ。」
別に誰の場所でもない。
寝惚け眼で頷くと、ジルはちんまりと隣に座った。
彼女もまた眠れなかったのかもしれない。
月を見上げてぼんやりとしている彼女。いつもならば、矢鱈と話し掛けてくるのだが。
何となく気詰まりになり、自分から声をかけた。
「…眠れなかったか。」
「…え?あ、はい。まあ、隊長も?」
「まあな。それと、言ったろう。もう、隊長じゃない。」
「あ、そっか、すみません。」
上の空で返事をする。
「……辛くはなかったか。」
何の気なしに訊ねた。
「え、はい。…私は大丈夫。」
笑った顔が、不自然に震える。
「…では、ない、…です。」
しまった、そう思った時には、彼女の目頭に涙が溢れ、大きな粒となって頬を伝いはじめた。
「たいちょ…、父上が、お父様が、死んでしまいました。…う…、どうしたら…どうしよう、さみしいよ、一人で…怖いよ。」
そこにいるのはいつものジルではなかった。肉親を失い、自失し、孤独に怯えるただの少女_____。
「よしよし、良く頑張った。大丈夫だから。」
気がつくと、柄にもなく必死に彼女を胸に抱き寄せ、しきりに頭を撫で、慰めていた。震える肩が痛々しい。
最初は食いしばって耐えていた嗚咽を、とうとう堪えきれなくなり、ジルは声を上げて泣き崩れた。
「どうしよ、…止まんない。…父上が、泣いちゃダメって、言ったのに。」
ジルは軍人として、幼い頃から徹底した教育を叩き込まれている。ハールもまた、部隊ではそう言ってきたのだ、けれども。
「随分、我慢してたんだな。我慢せずに泣け、な?…大丈夫。ここの皆も、俺もいるから。お前の側に。」
体温がいやに温かい。胸の暖かみを片腕で強く抱き締める。
益々嘆き声を高めたジルに、月は変わらぬ柔らかい光を投げ、いつしかその慟哭は、しんとした夜空に吸い込まれていった。