FE 蒼炎/暁 二次

□あの日の約束
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「ええ、そうよ。それが私の条件。」
月光に浮かんだ優美な笑みは、18年前と変わらず美しく、ボロボロになった自分達には酷く不似合いだった。
ダルレカでの防衛戦の敗残兵として、落ち延びた5名の竜騎士とその家族逹、その庇護を、俺はあろうことか、かつて裏切った祖国の、かつて置き去りにした女に求めたのだ。
「しかし俺は…。」
「駄目よ。条件を容れないならこの話は無かった事になるわ。」
敵陣を逃れる恥辱にまみれた行軍に憔悴しきった一団は、すがるような視線を向けてきた。
「…わかった。」
「話が早くて助かるわ。さ、皆様を案内して差し上げて。」
若い天馬騎兵が優雅に手招きし、翻った。一様に安堵を浮かべ、ボロボロの一団が後に続いた。
「貴方はこちらよ」
一番後ろに続こうとした俺を、白い手が引き留めた。
「まだ少し、話が残っているの。」「さっき言ったとおりよ。あなたがここに残ること。ただし我が家の私兵として。」
シグルーンは、俺に数分前と同じ話を繰り返し、さらに続けた。
「はっきり言って、戦力として、帝国軍に竜騎兵は足りているわ。」
「はっ、手厳しいこって。」
「ふざけないで。悪いけれどあの方たちに、裏切りを赦免するほどの価値は一つもない。」
「ごもっとも。」
ただし貴方は別格。貴方には、戦力としての価値がある。勘違いしないで。昔のよしみではなく、冷静に分析した結果だわ。」
「へえ、そうかね。少々過大評価だと思うがね。闘うこともせずに、逃げ出した男に対しては。」
「いいえ。あの状況から敗残兵をまとめ上げ、追手を交わして敵陣に入り込む・・・。私でもできるかどうか。」
「けれど、過去の因縁から、正規の竜騎兵団には口利きできない。だから、貴方を含めて我が公爵家の私兵として私の旗下で動いてもらう。悪い条件ではないはずよ?」
ハールが黙っているのを見て、再び続ける。
「でも、交戦直後の今はダメ。折を見てて、私から父上に話すから、あなた方をそれまでここで隠れて、傷をいやして。」
「隠れるっても・・・、20人近くはいるし、それにデカいやつらがいるんだぜ。」
シグルーンはにっこり微笑んだ。
「誰の屋敷だと思っていて?飛龍達は察して上空をとばないわ。家人達の住む本家は二山も向こう。こんな山小屋に来るのは手入れの使用人くらいよ。それに、さっきの子、私の部下は口が堅いわ。」
「…そうかい。」
呆気にとられ、ぐうの音も出ないのを見て取ったのか、シグルーンは再び笑んだ。
「決まりね?貴方達は一歩もここを出られない。見つかったら私が困るわ。世話の者は交代でよこすわ。まあ、その怪我なら暫くは動けないと思うけれど。」
ハールは初めて自分の全身を見た。・・・確かに。無数の刀傷。骨折はなさそうだが、中には相当深いものもあるようだ。途端に、疲労が全身を襲う。
「いらっしゃい。貴方の部屋はこちらよ。」
まるでそれを予測していたかのように、シグルーンはハールを導いた。
通されたのは、小さな平屋のコテージだった。普段使われていないのがみてとれたが、誰が準備したのか、清潔に整えられていた。
「ふうっ。」
ついぞ、溜め息が漏れる。ハールは、崩れるように、メイキングされた真っ白なシーツのベッドに身を投げだした。ここまで、はりつめた神経が一気に弛む。はたと、そこにまだ、シグルーンがいたことに気付く。
「あ、悪い。」
「いいのよ。横になって。」
慌てて起き上がろうとしたハールを制した。何か気恥ずかしく、声をかける。
「…えっと、まだ何か?」
「ええ、そうね」
脱いで。」
「は?」
「だからその(小汚ない)装甲を。」
「あ?え?な、何で…ああ、そうか、キレイな部屋が…、分かってるよ。あんたが帰ったらすぐ…って、今ここでかよ!」
眉をしかめていたシグルーンはこくりと頷いた。
(この女、一体どういうつもりだよ。まさか…)
「ば、馬鹿!変な意味じゃないわよ!?」
怪訝な表情を浮かべたハールに気付いたシグルーンは、慌てて顔を赤らめた。
「これよ、こーれ!」
そう言ってシグルーンは、右手に高く、白い小箱を持ち上げた。
「ああ、なるほど…ね。」
察したハールは、大人しく装甲を外しはじめる。
聖天馬騎士長が御手ずから、傷の手当てをしてくださるってか。それこそ、昔のよしみってやつか。「っつ…ってえな。」
「ほら、もうちょっとだから、我慢して。」
「お前、わざとやってねぇ…って!おい!」
「子供じゃないんだから。動くどいつまでも終わらないわよ。」
白くて細い指がてきぱきと傷を洗い、消毒薬を塗りこめて、丁寧に布で覆ってゆく。アンダーシャツも脱ぐように指示され、半裸のあられもない姿で、ハールは言いなりに、手当てを受けている。
それにしても…だ。(ちょっとは恥ずかしがったりとか、ないもんかね。)
裸の男と二人でベッドに腰掛けて、端麗な眉一つ動かさないとは。まあ、既に男として見られていないということだろう。お互いに、…まあ、さっきはちょっと…可愛かったが。
思考が妙なところにいくと、途端に気まずくなった。
「それにしても、あれだな、上手になったもんだ。前は包帯も満足に巻けなかったくせにな。」
憎まれ口のつもりが、シグルーンは恥ずかし そうに笑った。
「訓練で、散々やったもの。あなたが行ってしまった後…」
「そ、そうか。」
「覚えてる?私達、よく、こうして座って。貴方はよく怪我をして、いつも下手だって言われたわ。」
「お嬢さんだったよな。」
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