FE 蒼炎/暁 二次

□クリミアの祭日
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「エリンシア様、どうです!」
「あ、はい?」
リザの大きな声で、エリンシアは我に返った。
「や、止めてください!恥ずかしい、リザ殿、元に戻して…」
「ずっと似合うと思ってたんですよね。」
「あら、さっきよりずっと良いわよ、ジョフレ。」
「あ、貴女まで、そんな。」
情けない声で訴える。その主演俳優のようなそのセットすら、彼にはよく似合った。

ーー彼と自分との基底にあるのは、例え妻と夫となろうと、主従の関係である。
そこには、皆に望まれる祝福と、穏やかな愛に包まれる喜びがある。女王である私が選ぶべき道だ。しかし、あの夜感じたような鮮烈な切なさを、感じることは、もう2度とないのかもしれない。

「エリンシア…様、心ここにあらず、という感じですね。」
「え?ああ、済みません私、なんだか…夢のようで。」
皆を退室させ、暫しの時が二人に与えられた。咄嗟の嘘で誤魔化す。ジョフレは頬を赤らめた。疑いのない信頼に、罪悪感が心を責める。
「…あの、お身体に触れても?」
あの方ならば、決して了解など取らないだろう。また比較している。
小さく頷いて意思を示すと、ジョフレは壊れ物のようにそっと腕を回し、優しく包み込んだ。
「大切にして下さい。1人のお身体では、ないのですから。」
「……。」
彼女には、今新しい命が宿っている。この結婚式は、彼女が体調を崩したという理由から、一度延期になっている。本来は5月ほど前に予定されていた。目下このことは、一部の側近のみが知っている。
ジョフレはクッと笑った。
「…思い出します、分かった時、皆に責められました。」
「ふふっ、あの時は面白かったわ。伯父さまったら…。」
「面白くありません!レニング様は開口一番、“剣を抜け”私は槍しか持っていなかったのに!」
「いつも穏やかな方があんなに…。」
「貴女は最後までご覧にならなかったから笑えるのですっ、あの後私は、姉に首を絞められ、フェール伯に拘束され、挙げ句、王宮騎士団とサバイバル・マッチを強要され…気をつけていたつもりなのに…。」
「え?」
「いえ、な、何でもないです…。兎に角!大変だったんです。」
あの方と契る少し前、揺れる心の不安から、ジョフレに交渉を求めた。困った末に彼は引き受け、私はそれを受け入れた。
下腹にそっと彼が手を当てる。
予感がある。命の源はむしろ、あの方との短くとも濃密な交わりだったのではないかと。
しかし私はーー。むしろ、それを望んでいる。更なる背任は、、よしんばジョフレがそれに気づいたとしても、自分への純粋な忠誠が揺らぐことはない、などと、鷹を括っていることだ。
「ジョフレ、私はーー。」
「エリンシア…様、私は。」
同時に口を開き、思わず笑い合う。
「いいわ、貴方からどうぞ?」
「す、済みません…では。その、私は、いかなる貴女をも、御子とともに御守りするつもりです。」
まっすぐな瞳、それは分かっている、だがそれが、辛い。
「ありがとう、嬉し…」
「そうではなく!」
儀礼の返事は掻き消された。頬を上気させ、興奮ぎみに、両の拳を握り締めた。
「誓います、全て受け入れます。これから先も何があるかは分からない、例え貴女が、誰かに心を移したとしても、例え貴女が何処に心を残していたとしても…。丸ごと、全部。」
「……。」
「さあ、どうぞ。貴女の番です。」
私?私はーー。
その時、ドアをノックする音が聞こえた。退室していた侍女が、二人を呼びに来たのだ。
「そろそろお時間です、ご準備を。」
「では、後ほど。」
ジョフレは照れくさそうに微笑むと、部屋を後にした。

私は、ジョフレを侮っていたのかもしれない。彼は煌めく王子様でも、只の純粋で真直な青年でもない、一国の将軍。
私に、私個人の葛藤など腹に納めておけと、巧みに釘を刺したのだ。口に出せば真実になるから、抱えなさいと、それが、彼が私に与えた罰ーー。

エリンシアの控え室を後にしたジョフレは小さく溜め息を吐く。エリンシア…様、貴女は私を見誤っている。皆が、貴女が思うよりずっと強かなのです。
貴女の一番近くにあり続ける為に、並みの男には耐え難い屈辱でさえ、笑顔の下に隠しましょう。それが騎士としての私の矜持、それが、貴女様に捧げる、私の忠誠。
(おわり)
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