『大奥恋愛絵巻』
□大奥
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「大奥へようこそ、上様。お待ちしておりました。」
夜も更けた頃。迎えの者に連れられ、大奥へ足を踏み入れた雫を迎えたのは、総取締役の立花仙蔵であった。相変わらず顔だけでなく、仕草まで美しい人だと、雫はため息を吐きそうになる。
『出迎えご苦労、立花。迎えの者を寄越してくれて助かった。未だに大奥までの道順は正直あやふやでな……礼を言う。』
「いえ、お礼を申し上げるのは私のほうでございます。お忙しい中、足を運んでいただきありがとうございます。突然のお呼び立て、どうぞお許しください。」
『顔を上げよ。
…構わぬ。私こそもう少し早く大奥へ出向くべきだった。むしろ遅すぎたくらいではないか?』
「いえ、上様が政務などにお忙しいことは伺っております。将軍にご就任されてからまだそれほど経ってもおりませんし、こちらにいらっしゃる機会がなくても仕方のないことでしょう。
…さて、立ち話もなんです、奥でゆっくりお話いたしましょう。」
そう言って彼は雫を奥の部屋へ促す。部屋に入ると、そこには二人の男が座っており、雫たちを見るとすぐに床に頭をつけて平伏した。
「上様、この二人は大奥の中では私のすぐ下の者たちです。私が不在の時は彼らが大奥を取り仕切るので、接する機会も多いでしょう。
…二人共、上様にご挨拶を。」
その言葉に二人は顔を上げ、一人ずつ自己紹介をしだす。
「お初にお目にかかります。久々知兵助と申します。以後お見知りおきを。」
そう言って無表情で頭を下げるのは長い睫毛と黒髪が特長的な男。立花ほどではないが、色白でどこか女性的な綺麗な顔立ちをしている。
「俺は尾浜勘右衛門です!よろしくね上様。」
久々知とは対照的に笑顔で、くだけた調子で話す尾浜。はっきりした丸い目、何より特長的なのは、一風変わったその髪。
「こら尾浜、上様に失礼であろう。」
「ええ、少しくらいいいじゃないですか立花様。俺かたっくるしいの元々苦手ですし。それに上様って17才でしょ?年齢的には俺たちのほうが上だし、妹みたいっていうか、普通に仲良くなりたいですもん。」
「全く……申し訳ありません上様。失礼をお許しください。」
『いや、構わぬ。尾浜の言う通り、私は周りの者たちの中ではかなり年下だ。皆の正確な年齢は把握していないが、私と比べればほとんどの者たちは年上だろう。
正直年長者に敬語を使われることに、私自身まだ慣れておらぬのだ。あまりにくだけた口調では他の者に示しがつかないが、ある程度の節度を守ってくれるなら構わぬ。』
「さすが上様!お心が広い!
上様の名前って、雫だっけ?じゃあ雫様って呼んでもいいですか⁉むしろ雫ちゃんって……いててて!」
「勘ちゃん、調子乗りすぎなのだ。
…失礼を、上様。」
「申し訳ありません上様。よく言って聞かせておきます故、どうぞお許しください。」
話し途中だった尾浜の両耳を、左右から久々知と立花が掴む。「痛い痛い!」と喚く尾浜を横に、二人は涼しい顔だ。
『あ、ああ、大丈夫だ……気にしておらぬ。
それより尾浜の耳を放してやってくれ。』
「上様がそう仰るのでしたら……」
雫がそう言った途端、久々知と立花の手が尾浜の耳から放れた。
「いてて……ありがとうございます、上様。」
赤くなった耳をさすりながら尾浜は頭を下げる。
「さて、茶番はここまでにして……本題に入りましょう。」
立花が姿勢を正すと同時に場の雰囲気が引き締まる。雫も促され上座へと座った。