『大奥恋愛絵巻』

□就任と戸惑い
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 ご隠居から将軍就任の話をされてから一月。

 前将軍の数馬のための大奥は解散され、新しく男大奥が設立された。老中、側用人といった幕府大役も、新しく代わることとなった。


 雫が女将軍として就任するための儀は無事執り行われた。それはつい先日のことであった。


 そして今日は新しい老中たちとの顔合わせ。聞くと、新しく代わった老中と側用人だけでなく、これまで会ったことのなかった大目付、そして大奥総取締役も顔合わせに来るという。
 

 ご隠居や大老たちが連れてくるということだが、一体どのような人たちなのか…

 上様らしくピンと背筋を伸ばして佇んでいるものの、雫は内心不安で一杯だった。



「失礼するぞ、上、入ってよいか?」


『ご隠居様…ええ、どうぞ。』



 返事をすると、ご隠居が部屋に入ってくる。それに続いて、相談役の山田伝蔵、大老の土井半助、そして見知らぬ男が入ってくる。男は二十代後半くらいであろうか、かなりの美丈夫だ。



「ふむ、待たせたのぅ。」


『いえ、構いません。…そちらは?』


「上様、この者は私の息子の利吉でございます。大老補佐を務めております。」


「お初に御目にかかります、上様。山田利吉と申します。どうぞお見知りおきを。」



 美丈夫な男、山田利吉はそう言って頭を下げる。所作の一つ一つが完璧だ。



『山田利吉殿…こちらこそよろしくお願いいたします。』


「これ雫、お主はもう姫ではないのじゃぞ。ちゃんと将軍らしい話し方もせよ。」


『は、はい…いや、心得ております、ご隠居殿。
 …山田利吉、よろしく頼むぞ。』


「はっ!」



 言葉遣いを将軍らしいものにするも、どうにも慣れなくて戸惑ってしまう。これまで姫として生きてきたため、年上の男に敬語を遣うことが当たり前で、男らしい口調などもっての他だった。



「ふむ、上よ、先日申したが、利吉以外にも紹介したい者が数人いるのじゃ。
 ――これ、入りなさい。」


 ご隠居の言葉に、襖がスッと開く。中に入ってきたのは、5人の男だった。


 目の前に座る男たちの中に、一人見知った顔がいた。



(留お兄様…!?)


 思わず目を見開いて彼を見る。視線の先には黒髪でつり目の男。彼は雫の視線に気づくと、一瞬だけ笑みを浮かべた。




「ではお前たち、上様に挨拶しなさい。潮江文次郎から。」


「はっ。」



 大老の土井の言葉に姿勢を正すのは、目の下の隈が特徴的な男。



「お初に御目にかかります、上様。この度、老中に就任いたしました、潮江文次郎と申します。
 今後、上様の政務の指導をさせていただきます。どうぞお見知りおきを。」



 隈の男、潮江は堂々とした態度で一礼する。

 老中は大老の下、この場合は大老の土井、その補佐の利吉の下の位にあたる。

 潮江は堅物そうではあるが、この貫禄は大老としての地位に合っている。きっと知識や経験も豊富だろうから安心だろう。

 潮江の年齢を知らない雫はそう考えた。
 


「次、立花仙蔵。」


「はい。」



 次に口を開いたのは、潮江の隣に座っている、色白でサラサラの長い髪が特徴の綺麗な男だった。



「お初に御目にかかります、立花仙蔵と申します。
 この度大奥総取締役を務めることとなりました故、大奥の者たちの中でも、上様とお顔を合わす機会が自然と多くなるかと思われます。
 大奥についてのご質問や要望は何なりと仰ってくださいませ。
 どうぞお見知りおきを。」



 そう言って立花は美しい笑みを浮かべ、優雅な動作で一礼する。


 美しい人だと思っていたが、動作の一つ一つも優雅で品がある。華やかな雰囲気も、大奥なら納得だ。


 しかし総取締役というのには驚いた。勝手な思い込みかもしれないが、大奥総取締役となると、もう少し年のいった者がなるものと思っていた。

 今回初めて男大奥が、しかも急に設立されたため、経験などは置いておいたとしても、まだ若そうな…いや、自分よりは明らかに年上だろうが…彼が総取締役とは正直驚いた。

 きっと余程優秀なのだろう、目の前の美しい男を見て雫はそう思った。
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