『俺たちの青春は上手くいかない!』
□食満留三郎
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「よし、と……ちょっと道具取りに行ってくる。作業続けててくれ。作兵衛、一年たちを見ててくれよ」
「は、はい!」
委員会中、一度作業の手を止めて作兵衛たちにそう声をかけ、俺は一人用具倉庫に向かう。探す道具は倉庫の奥にあったものの、すぐに見つかった。
「さて、戻るか……」
「あ、あの、食満先輩……」
ふと倉庫の入口から声がして振り返ると、そこにはくのたま四年の朝倉千紗が立っていた。
「お、おう千紗、どうしたんだ?」
片想いしている相手が突然現れたことによる動揺を何とか隠してそう尋ねると、千紗はおずおずといった様子で口を開く。
「すみません突然……お仕事中でしたか?」
「いや、大丈夫だ。何か用か?」
「あ、はい。明日朝一のくのいち教室の授業で道具を使うんですが、今日中に教室に運んでおくよう先生に頼まれまして……
今日は用具委員会の活動があると聞いていたので、委員長の食満先輩にも確認を取りたいと思ったんです」
「ああ、そういうことか。構わないぞ。どの道具だ?」
そう尋ねると千紗は道具の名前を口にする。しかしその道具は一つ一つがかさばるもので、一人で運ぶには一度往復する必要がある。くのたま敷地からここまでは少し遠いから手間がかかるだろう。
「それ一人で運ぶのは少し時間喰うだろ。よければ手伝うぞ?」
『いえ、大丈夫ですよ!それに先輩委員会中では……?』
「ああ、あともう少しで作業にキリがつきそうなんだ。委員会終わるまで少し待っててくれるか?くのたま敷地からだと距離あるしな、お前が迷惑じゃなければ手伝わせてくれ」
『迷惑だなんてそんな…本当にいいんですか?』
「ああ、もちろんだ」
『えっと、ありがとうございます食満先輩…じゃあ、お願いします』
任せておけ、そう言って笑いかけると千紗は安心したように微笑む。
おいこれなかなかいい感じじゃないか?俺頼りがいのある先輩として映ってるんじゃないか?
「邪魔するぞー食満、ちょっといいか?」
にやにやする気持ちを必死で抑えていると、急に入り口から声をかけられる。
「うおっ⁉鼓滝⁉」
「おーなんだそんなに驚いたか?気配を消してたつもりはないが…って、千紗じゃないか」
『あっ鼓滝先輩!こんにちは』
「おー。中に二人いるのは分かってたが、お前だったんだな」
倉庫の入り口に立っていたのは同じ六年の鼓滝蒼甫。
千紗に気づくと鼓滝は気さくな感じで声をかける。ってか距離近くないか?
鼓滝は黄昏時の見習いの忍で、数ヶ月前に学園にやってきた編入生だ。
今では普通に会話もするし、時々手合わせもするくらいの仲にはなったものの、相手は黄昏時の忍ということで、編入してしばらくは俺を含め、主に上級生たちは奴を警戒していた。
鼓滝自身も自分の立ち位置を分かっていたのか、必要以上に関わってくることはしなかった。
見習い忍者とはいえ実戦経験は六年の中では最も多い。黄昏時のプロ忍たちの仕事にも関わったこともあるのだ。実力は飛び抜けていた。だから鼓滝自身も困ることはあまりなかったんだろう。
けれども千紗が鼓滝と仲良くなったことで、俺たちと鼓滝の距離も段々縮まっていった。
鼓滝は積極的に話しかけてきた千紗に段々心を開いていって、千紗といる時は素のような雰囲気になった。
それを見てた下級生たちがなつき始め、鼓滝もそれを邪険にせず面倒みるようになった。
流石にそこまでくると悪い奴じゃないっていうのは分かりきって、上級生たちも少しずつ歩み寄るようになった。
そこまでならただ良かった話で終わるんだが、そのせいで問題が……
「へぇ、その道具をくのいち教室まで…少し多いな。手伝うぞ」
『あ、ありがとうございます。でも……』
「鼓滝、俺が手伝うから大丈夫だ」
少し言いにくそうにしている千紗の横からそう言う。せっかく千紗と二人っきりになれるチャンスだ。邪魔されてたまるか。
「いや俺がやるよ。これくのいち教室までなんだろ?食満お前、この前潮江とくのいちの敷地の壁壊しただろ?あれからそんなに日が経ってないからな、今行くと怖いぞ?」
「いや、それは……」
「それにお前委員会中だろ?俺はさっき委員会終わったから時間に余裕あるし。終わってから手伝うよりも、今手伝ったほうが早く済むしな」
「いや委員会はもうすぐ終わ……「「食満先ぱーい‼」」
急に外のほうから聞き覚えのある高い声が聞こえてきた。
「しんべエ⁉喜三太⁉」
「ほら行ってあげなよ、なんだか焦ってるみたいだし……なんかあったら大変だよ」
鼓滝はそう言って笑顔のままで入口に立ったまま後方を指差す。
「ぐっ……すまん千紗!また今度手伝う!」
『あ、いえ!気にしないでください!』
「大丈夫だって食満。代わりに俺が千紗を手伝うからさ」
くそっ、情けねぇ…自分から手伝うって言っておいて……しかも鼓滝にその役目横取りされるとか……!
いやでも、後輩たちの安全が先だ。
そう思って後輩たちのところへ向かおうと鼓滝の横を通り過ぎる瞬間、
《大丈夫、漆喰砲を弄ってただけだ。たぶんそれが間違って暴発して漆喰まみれになったとかじゃないか?命に関わるようなものじゃないだろ、安心して行け》
という矢羽が聞こえた。これをやったのは目の前の奴しかいない。
―そう、鼓滝しか。
《おま、なんで……》
《さっきここに来る前に用具の一年は組の二人がいじくってたのを見てな。あ、もう一人の一年と富松は注意してたぞ。ちなみに俺も注意はした》
それを聞いて危ない武器ではなくてよかったと安心するのと同時に、なんとも言えない悔しさを感じた。
こいつ、分かってて千紗の手伝いを申し出たんだ。俺が手伝えなくなるの分かってて……
「じゃあ千紗、早速手伝う。この三つの箱か?」
『あっ、はい!あの、ありがとうございます、鼓滝先輩…』
「ん?全然いいぞ。むしろもっと頼れよ」
「な?」と言いながらウインクする鼓滝は悔しいほどにきまっている。しかもさりげなく箱二つ持ってる。
『ありがとうございます。あ、鼓滝先輩、箱私が二つ持ちますから…!』
「ん?ああいーって。こういうのは男に任せとけばいいんだよ」
『でも、私が頼まれたことなので……』
「んーじゃあさ……このお礼ってことで、今度の休日、俺と出かけてくれるか?」
『えっ?そ、そんなことでいいんですか…?』
「ああ。この学園に来てからあんまり町行ってないし。うまい甘味屋見つけたんだ。食いに行こうぜ」
『わあ、いいですね!でも、やっぱりご迷惑じゃ……』
「千紗」
真剣な声色で呼び掛けると、鼓滝は千紗をじっと見つめて、
「俺がお前を手伝うのは俺がそうしたいと思ったからだし、町に行きたいのはお前と行きたいからだ。何も迷惑なことなんてない。
…分かったか?」
『は、はい……』
おいおいナチュラルにデートに誘ってんじゃねぇか!なんだこの手際の良さ⁉しかもいつも割とへらへらしてんのにこういう時には真剣な顔するとか反則だろ!千紗も赤くなってるし!
そう、問題は鼓滝が千紗にいろいろアプローチするようになったことだ。
学園のマドンナである千紗はモテる。上級生のほとんどが狙ってるくらいには。だからお互い規制しながらもアピールはしてるんだが、千紗は気づかない。
なのにだ!この鼓滝はとにかくアピールが上手い。なんとも言えないが、策略家という言葉が合っている。
毎回毎回、今回のような卑怯な方法で俺たちのアピールを打ち消すんだ!その上
千紗に少し強引に迫るから腹立つ!
こいつのせいで、俺の、いや俺たちの恋愛はうまくいかないんだ……
甘酸っぱいオーラが漂い始めた倉庫をため息を吐いて出る。出る直前、二人の方を見ると、鼓滝が俺を見てフッと笑った気がした。
それにムカつきながらも、後輩たちを助けるべく俺は泣く泣く倉庫を後にした。