NOVEL_Long

□薔薇の男
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俺が初めて体を許した男はマフィアのボスで

左肩から二の腕にかけて黒い薔薇の刺青を施していた

彼は薔薇の男と呼ばれていた














■薔薇の男■




1.仕事

「今回のターゲットだ」



言葉と同時に写真が空を舞う。
その写真を当たり前のように受け止めたのは、青年というには幼く、また少年というには大人びた表情の男だった。



「来週本拠地であるイタリア南部の屋敷へ戻って来る。その時を狙って、殺せ」



青く、透明な瞳が揺らぐ。
いつでも『殺せ』という言葉には敏感に反応してしまって、迷いを瞳に宿してしまう。



「本拠地って…この人、何」



青い瞳の男…四月一日は、目の前の依頼者に向かって聞いた。
否、正確には依頼者の依頼を自分に持ってくるための仲介人なのだが。
兎に角四月一日は写真をひらひらさせながら、男に聞いたのだ。



「近年急速に大きくなった中小マフィアのボスだ」
「何したの?」
「さあ。私は依頼者に頼まれただけだから」



口の端だけで笑うこの男は、余計なことを一切口にしない。
例えば、ターゲットの名前。
例えば、ターゲットの経歴。
言うのは殺すべき相手がどこにいるか。
気紛れで名前を教えてくれる時もあるが、それは依頼者から口止めされていない時だけだ。



「…もう行く」
「ああ。金は口座の方に振込み済みだ。経費は別に請求してくれ」



自分が関与できる部分など、実際はほんの少しだけなのだ。
自分はただ依頼の通りにターゲットを殺し、報酬を貰う。
それだけのこと。
『殺せ』と言われて迷うくせに、引き金を引く時は妙に冷静で。
狙った相手に弾丸が当たって崩れ落ちる様など、酷く面白く思えるのだから不思議だ。



(もう、嫌なんだけどなぁ)



本当は人を殺したくなどはない。
だが、物心ついた時には運命は決まっていたらしく、生きていく術がこれしか残されていなかった。

四月一日は愛用のトランクを肩に担ぎ、隠れ家を後にする。
イタリアに向かう前に金を下ろして、それから弾も補充して。
頭の中で来週までの段取りを組みながら四月一日は歩く。

本当の気持ちなど今更誰にも言えない。
言える相手もいない。
言ったところで変わるような運命でもない。
生まれながらの定なのだ、これは。
人に戻るには、少しばかり手を汚しすぎた。

いつか誰かに言ってもらいたい言葉がある。
それは同時に自分が言いたい言葉でもあって。



(この空が青く澄み渡る日は来るのだろうか)



どんよりとした曇り空。
今にも泣き出しそうな空を見上げて、四月一日は思う。
どんなに渇望しても、きっと叶う事はないのだろうけど。



(でもせめて、雨は降りませんように)



四月一日が足を速めると同時に、ポツリと雨は降り出したのだった。
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