NOVEL

□それは何よりも優しい味がした
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>>復活企画
百目鬼×四月一日
バレンタインデー











「今年はどうやら“逆チョコ”が流行ってるらしいわね。ね、四月一日」

「……そのようですね、侑子さん」










それは何よりも優しい味がした











本来は女性から男性に、想いの篭ったチョコレートを渡すバレンタインだが、今年は男性から女性にを渡す、所謂“逆チョコ”を勧めている某菓子メーカー。
その策略に巧い具合に乗っかった侑子とそんな会話を交わしたのは昨夜遅く。
そして今朝早くから“逆チョコ”を求められ、チョコレート菓子を大量に作らされた四月一日ははっきりいって疲れていた。
“逆チョコ”でなくともどうせチョコレートを要求するくせに、とは四月一日の心の声だ。

だがそのお陰でいいこともあった。
チョコレートの対価として、一つの“お告げ”を貰ったのだ。



『今日はイイコトあるわよ』



テレビや雑誌の占いよりもずっと信憑性のある侑子の言葉。
普段は四月一日をからかってばかりいる侑子だが、今朝その言葉を告げながら見せた微笑みは本物だった。
だから四月一日もその“お告げ”を素直に信じたのだ。

しかも本日は二月十四日。
世の男性は浮足立つバレンタイン。
本当は牧師が亡くなった日らしいが、関係ない。

そんな日に“イイコト”があるなどと訊けば、四月一日でなくとも期待してしまうだろう。

口許に抑えきれない笑みを携えてくぐる校門。
教室に入って一番に声を掛けてきたのは、やはり、ひまわりだった。



「おはよう、四月一日君」

「おはよう、ひまわりちゃん!」



にっこり笑って言えば、ひまわりは少し驚いたようにきょとりと首を傾げてから、



「何かいいことあった?」



と訊いて来た。



「あったっていうか、あるっていうか」



侑子の“お告げ”を、どのように教えようか考える四月一日。
しかし四月一日が口を開く前に、ひまわりは合点がいったというようにポンと手を打つ。



「判った!今日、百目鬼君とデートなんだ!」



ずさっ。
てんで方向違いの勘違いに、四月一日はスライディングよろしく盛大にこけた。



「違うよう!ていうか何で百目鬼が出てくるの!?」



隣のクラスの百目鬼と四月一日は、世間一般で言う“恋人同士”というやつで、ひまわりもそれを知っている。
だが四月一日にとって百目鬼という男と付き合っていると事実は、何とも気恥ずかしい。

本当は傍にいてくれると安心するし、恐らく、百目鬼本人が考えている以上に四月一日は彼のことが好きだ。
ずっと一緒にいたいと思うし、甘やかされれば甘やかされるまま、百目鬼に依存してしまっている。

好きで、好きで、大好きで。
しかしそれを、たとえ自分達の仲を見護ってくれているひまわりだとしても知られたり勘付かれたりするのは厭だった。
自分が百目鬼に甘えているところを、見せたくない。
そして自分に甘い百目鬼を見られることも、殊更四月一日の感情を醜くするから。

だから四月一日は、自分と百目鬼の付き合いを話題に出されるのを嫌っていた。



「ふふ、四月一日君て可愛いね」



しかし四月一日の思いなどとうに知っているひまわり。
四月一日が醜いと感じている感情を嫉妬と捉え、逆に彼の反応を見て楽しんでいる。

百目鬼とのことを言われた四月一日が真っ赤になって慌てるのを判って、侑子同様からかっているのだ。



「はい、四月一日君」



ひまわりの思いなど知りもしい四月一日は、一々彼女の科白に落ち込んでみたり、喜んでみたりするのだが…。
今回の一言は、どうやら後者のようである。



「ハッピーバレンタイン、四月一日君」



ひまわりの白く、小さな手に乗っていたのは、可愛らしい桃色の包装紙に包まれた箱。
表には王冠があしらわれたロゴシールが貼られ、見るからに既製品でる。
が、四月一日はそれを、まるで宝物のような手付きで受け取ると、へにゃりと破顔した。



「ありがとう、ひまわりちゃん」



その可愛さといったら!
偶々眼にして鼻血を吹きださんばかりのクラスメイト達が哀れなほどである。



「じゃ、俺からも」



侑子に朝っぱらから作らされた際、ついでにと作った友人達への“逆チョコ”プラス“友チョコ”。
毎年、バレンタインに一つもチョコレートを貰えない可哀相な男子生徒が四月一日の元を訪れるので、必ず用意するものだ。

ひまわりには特別に手の込んだものを作った。
彼女は、いいのに、と言いながらも嬉しそうだ。



「あれ?四月一日君、何だか甘い香りがするね。もしかしてこのチョコ、今朝作った?」



ひまわりがチョコレートを受け取りながら四月一日に問う。
どうやら、袖口から甘いチョコレートの香りがしたようだ。



「“今年は逆チョコが流行っているらしいから、チョコ菓子フルコースを作りなさい!”って、朝から侑子さんが我侭言って…」



言われてみれば、鼻の奥にもチョコレートの香りが残っている。
これは一日中取れなさそうだ。

四月一日は苦笑しながら、群がって来た友人達にチョコレートを配り始めた。
その中には女子も混じっていて、その目的は四月一日の作る菓子を参考にするためらしい。
まあ参考にしたところで真似ることなど出来ないのだが、研究熱心な乙女達だと褒めてやるべきである。



「マドレーヌか」

「ぅひゃおう!」



配ることに夢中だった四月一日は、突然背後から話し掛けられ可笑しな声を上げた。
耳元に、わざと息がかかるように話し掛けられたため余計である。



「もっと違う方法あるだろー!」



慌てて耳を押さえながら振り返って叫べば。
そこには、いつも通りの鉄面皮で立っている百目鬼の姿。
四月一日の頬が少し赤い気がするのは、まあ見ないフリをしてやろう。



「…マドレーヌ」



四月一日の叫びなど気にならぬ様子で、百目鬼が再びポツリと呟く。



「何だよ」



どうやら、何か気に入らないらしい。
そう察した四月一日は、ぶっきら棒ながら訊いてやる。

百目鬼はしばらく、一個ずつ透明な袋に包装されたマドレーヌを見詰めていたが、やがて溜息を吐きながら、



「…ザッハトルテがよかった」



と呟いた。
それを訊いた四月一日はあからさまに表情を歪める。



「これはお前のじゃねぇよ!」



阿呆、と続けながら、百目鬼の頭をポカリと殴った。
百目鬼は殴られた部分を擦りながら、機嫌が回復したように表情を緩めて四月一日を見下ろす。
その極端な変貌振りに、首を傾げる四月一日。



「これ“は”?」



ニヤリ。
表面上なんら変わりはなかったが、四月一日には百目鬼が心の中で上機嫌に笑ったのが見えた。
それと同時に、百目鬼が強調しながら言った言葉の意味を理解する。



「あ、いや…だから…っ」



判り易く赤くなり、判り易く慌てだす四月一日に、百目鬼の機嫌は右肩上がりだ。



「ち、違うぞ!断じて違う!」



否定してみても、



「何が違うんだ?」



と至極まともな返答をされ、更に困った状況に。
二人の関係を知っているひまわりは、楽しそうに見物している。
助けてくれる気は、さらさら流れる小川ほどもないらしい。



「だ、だから…その…っ!あ、後で…」



ようやく、それを小さな声で告げた四月一日。
クラスメイトやら憧れの女の子やらに見られている中で、彼としてはまあ勇気を出した方だろう。
顔を真っ赤に染め上げて、俯きながらも言ったのだから。

百目鬼としては、ここまでからかうつもりなどなかったのだが、四月一日があまりにも可愛らしい反応をしてくれるので途中でやめられなくなってしまったのだ。

四月一日が俯いたままぶちぶちと言い訳していると、眼線上に百目鬼の手が現れた。
その手は何かを掴んでいるように握られている。

握っていたのは、薄い青に灰色を少し混ぜたような色の、小さな紙袋だった。

眼の前に突き出されているのだから、自分に受け取れということなのだろう。
そう解釈した四月一日は百目鬼の手からその紙袋を受け取る。

紙袋は意外にしっかりとした作りで、持つ部分は紙のような、麻のようなものが編み込んである体だ。
それほど重みはないので、先日貸した本ではないだろう。



「何?」



四月一日は問う。
百目鬼は黙ったまま、開けるように促した。

四月一日は首を傾げながら言われるがまま袋を開く。
中には、小さな紙袋に釣り合う、小さな箱が入っていた。
トランプ程の大きさの箱の中からは、カタカタと何かが転がるような音がする。

まさか、開けた途端に蛇が出てくるような仕掛けがある箱ではないだろうか。
若しくは爆発、警報、眼玉…。
際限なく想像される悪戯に、四月一日は箱の送り主である百目鬼に疑いの眼差しを向けた。

が、眼の前の男は相も変わらず鉄面皮。
仮に悪戯だったとしても、表情から察することは難しいだろう。

諦めて、箱の蓋に手を掛ける。
漆黒の、何の装丁も成されていないシンプルな箱。
ええいままよと蓋を取る。

カパリ。

眼を瞑っていた四月一日は、恐る恐る眼を開けた。



「………トリュフ…?」



そこには、何の変哲もない…ただ一つ難を言えば少々(かなり)歪な形のチョコレート・トリュフが、ころんと一つだけ転がっていて。
四月一日は、不思議顔のまま百目鬼を見上げた。



「今年は“逆チョコ”とかいうのが流行ってるんだろ?」



百目鬼は平然とのたまった。

──彼は意味をちゃんと理解しているのだろうか。
“逆チョコ”は“男性”から“女性”に、普段とは逆にチョコレートを渡すという新しいスタイルのはずなのに。
これは、世間一般的に言えば“友チョコ”に当たるはずである。
(男同士でチョコレートのやりとりがあるとすればではあるが)

だが、相手は四月一日である。
そして二人は曲がりなりにも恋人同士なのである。



「百目鬼が、俺に?」



百目鬼は食べ物にかんしては貰うばかりだった。
四月一日もそれをよしとしていたし、彼氏に弁当を作ってやるのは彼女の特権なので、嬉しいくらいだったのだ。

当然本日も、ひまわりや友人達とは別に“本命チョコ”を携えて登校した。
今朝あるもので作ったようなチョコレートではなく、一ヶ月前から試作を重ね、昨晩作ったチョコレートだ。

だから、百目鬼から貰えるなどとは雀の涙、蟻のコンタクト程も思っていなかった。

しかもよく見れば、この形の歪なトリュフは手作りではないか。
百目鬼の指は隠しようがないくらい絆創膏だらけで、それを四月一日の眼に触れないようにしているところが面白い。



「成功したのはこれだけだったのか?」



大切に大切に箱を包んで、四月一日が問う。
百目鬼はバツが悪そうにそっぽを向きながら、それでもこくりと頷いた。



「ありがとう」



その指で部活は大丈夫なのか。
寝不足で、フラフラしないのか。
言いたいこと、訊きたいことはたくさんあるが、取りあえずそれは後回し。



「嬉しい」



とてもとても嬉しいのだということを伝えたくて、四月一日は微笑みながら言う。
まるで硬く閉じた桜の花弁が春になって綻ぶように。



「なんか食べるの勿体ないな。帰って、写真撮ってからでいい?」

「写真撮るのか」

「うん。百目鬼が初めて作ってくれたものだし。…駄目?」

「…好きにしろ」

「やった!」



ここが教室であることも忘れていちゃつきだす二人。
本当に幸せそうな四月一日を見て、ひまわりはにっこりと笑う。



「ふふ。やっぱり四月一日君て可愛い」



未来永劫、二人が幸せでありますように。
ひまわりは手元のチョコレートを見ながら、そっと祈ったのだった。










【終】 2009.2.16


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