NOVEL

□アメあと
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>>復活企画

◎web拍手『薔薇の男』番外編











姿の見えない護衛を探して外に出ると



庭園の真ん中でぼんやりと座り込む彼を見付けた










アメあと











その日は朝から雨が降っていた。
百目鬼が四月一日を見付けた時にはすでに彼は全身ずぶ濡れの状態。
にも関わらず、四月一日は雨に濡れるまま、動こうとしない。



「寒くないのか」



座り込む背中に問えば、



「寒いよ」



と短く返される。

四月一日を護衛に付けてから今日で一週間。
未だ、四月一日のことがよく判らない。

ふと見ると、四月一日の横に連れがいるのが覗えた。
漆黒の毛を持った、仔猫である。
仔猫は四月一日の隣で小さくなり、ゆらゆらと尻尾を揺らしていた。



「その猫、飼いたいか」



再び問う。
また短く、「別に」と返された。



「飼いたいなら、」



百目鬼は猫が嫌いではないし、四月一日のことを知るいいきっかけにもなるだろう。



「束縛は嫌いだ」



そう思っての申し出に、四月一日はすっぱりと冷たい声で言い切った。
あまりにも凍てつくような声に、少し驚いてしまう。



「それに、俺が拾ってもこいつは喜ばない」



猫の傍らに静かに座る四月一日。
猫の方も四月一日の隣が落ち着くのか、決して動こうとはしない。



「俺が他人の命を大切に出来るわけがない。俺は奪うことしか出来ないんだから」



つかず離れず。
まるで彼らの間に、お互いが踏み込んではならない境界線を引くように。



(そうだな)



百目鬼は四月一日の背中を見詰め、静かに眼を伏せる。



(確かにお前は奪うことしか出来ない。それがお前の生きる術だからだ)



殺し屋として、百目鬼を狙って来た四月一日。
調べてみれば、彼はその世界では知らぬ者がいない程の腕を持つ。

幼い頃から殺すことしか…奪うことしか教えられなかった。
それが四月一日君尋という存在を作った。



(お前は同情も、慰めも、何も求めない)



同意の言葉など必要ない。
安易な慰めの言葉など、飲み込んでしまえ。
何も、何もいらないのだ。



「俺には連れ帰る権利も、救う権利もない」



百目鬼は、バーで彼を自分の元へ誘った時の事を考える。
四月一日を欲したのは、紛れもなく自分自身。
そこに権利や義務など存在しなかった。



「俺に出来るのは、こうして一緒に濡れることだけ」



あったのは、己の“欲求”のみ。
四月一日がただただ欲しいという感情だけ。



(抱き上げるでも、雨避けになるでもなく、ただ傍にいて、同じように濡れる)



あの時の行動を今思い返せば、捨て猫を拾ったような気分になる。
震えて鳴く可哀相な猫を、自分の懐で暖めてやったらどんな笑顔をくれるのだろう。
自分が拾ったことで、この猫はどれほど幸せになれるのだろうか。

そんなくだらない優越感を得るためだけの愚かな行為だと。
今は、そう思えてならない。



(見て見ぬ振りだって出来る。一時暖かな場所を与えて、他に飼い主を捜してやることも出来る。でもお前は、そのどちらも選ばない)



しかし、四月一日は違う。
自分が優位にあることを誇示するわけではなく、ただ、交わった刹那の時を共有する。



「雨が上がったら中に戻るよ。だからお前は先に戻って…」

「お前は俺の警護をするのが仕事だろう」



チラリと振り返りながら言った四月一日を遮るように言いながら、百目鬼は猫を挟んだ隣に腰を下ろす。



「傍にいなくて、どうやって俺を護るんだ?」



猫は一瞬首をもたげたが、すぐに元の体勢に戻った。
百目鬼の存在を、認めてくれたのだろう。



「物好きなヤツ」



四月一日が少しだけ表情を緩めたように見え、百目鬼は満足そうに口の端を持ち上げた。



(お前だって充分物好きだ。飼うつもりもない野良猫なんて放っておけばいいものを)



濡れる黒猫の艶やかな毛並みを見下ろしながら、百目鬼は思う。
触れてやることも出来ない猫など、見なかったことにするのは簡単だろうに。

四月一日は共に濡れることしか出来ないと言った。
彼はいつから、この猫と雨に打たれていたのだろう。

傍にいるだけで何もできない。
濡れることしか出来ない。

けれどそこには、何の障害もないことに百目鬼は気付く。

優位も劣位もない。
種族の壁もない。
対等な立場で。



(それが、“四月一日”なんだな)



見えなかった四月一日が少しだけ見えた気がして、嬉しくなる。



「雨、上がりそうだな」



猫に次いで空を見上げる。
雨は大分弱くなり、雲の間からは日差しも見えた。



「雨が止んだら、散歩に行かないか」



四月一日の相槌を確認した後、百目鬼は切り出す。
四月一日は驚いたように眼を見開いて、百目鬼を見詰め返して来た。



「今日の予定を全部キャンセルして、“こいつ”の後を追いかけるのも面白そうだろう?」



雨が弱くなり、移動をする気らしい伸びを始めた仔猫を指しながら言う。



「四月一日が行かないって言っても、俺はチビと行くけどな」



意地悪く言えば四月一日は仕方がないとばかりに溜息を吐いて。



「俺の仕事は、お前の警護なんだろ?」



立ち上がりながら、そう言ったのだった。





【終】 2009.1.3


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