NOVEL
□恋人同士なんて(甘)
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ホワイトデー記念
原作沿いver
恋人同士なんて
この時期が近付いてくると、男達はどこかそわそわし始める。
一月前の丁度同じ頃とも類似している心境であったが、今度は逆…つまり、バレンタインでチョコをもらったお返しをする日、が近いのだ。
バレンタインはいい。
バレンタインといえばチョコという定番のものがある。
義理チョコや友チョコ用の大量生産から本命用の高級チョコレートまで豊富にあり、街全体…否日本全体が明るくラッピングされるのだ。
しかしホワイトデーはどうだろう。
そもそも男はあまりこうしてきゃあきゃあ言いながら商品を選ぶような真似はしないし出来ない。
じっくり綿密に研究して、これと決まったら購入するために外に出る。
出てから決めるような無計画は嫌がられる。
女性をエスコートするのが男の使命だからだ。
そもそも女性は何を求めているのだろう。
キャンディーやクッキーといった定番のプレゼントがあるにはあるが、何故だかそれ以上のものを求められている気がしてならない。
いつだって女性は何だかんだいいながら社会的に優遇される。
レディスデーだって、何であるのか理解できない。
女性専用車両を作るなら、男性専用車両も作って完全に隔離すればいいのだ。
……話が逸れてしまったが、つまり、悩んでいるのである。
百目鬼静は、愛する恋人へのお返しに。
百目鬼の恋人四月一日は、かなりの料理上手。
普段の食事から始まり、弁当、会席料理、デザートと幅も広く、またそれが想像を絶するほど美味なのだ。
そんな四月一日から手作りのチョコレートをもらったのが一月前。
ひまわりのついででも、余りでもなく、百目鬼にと渡されたチョコレート。
自身が蕩けてなくなりそうなほどに美味だった。
愛情篭ったチョコレートをもらったからには、お返しもどどんと豪華にいきたい。
だがそこでふと考える。
四月一日の好物は何か。
四月一日の好きな色は何か。
四月一日が欲しているモノは何か。
百目鬼は何も思い浮かばない自分を殺してやりたくなった。
それでかれこれ三週間ほど悩んでいたのだ。
──先日偶然、四月一日と同じクラスの井上冬吾に会った時、百目鬼はお返しについて問うてみた。
『家に菓子を卸してくれてる京都の店があんだ。そこの飴が美味いっていうから、それ』
冬吾はさらりとそう返答し、さっさとサボりにいってしまった。
次に会ったひまわりは、
『近所にね、すっごく美味しいケーキ屋さんが出来たの!そのお店でホワイトデー用のクッキーを包んでもらうよ』
と言われ。
百目鬼は気付いた。
訊き込みをすればするほど、自分があげらるものの候補が減っていっていることに。
百目鬼は静かに溜息を吐く。
これだけ一緒にいて、四月一日の好きな食べ物一つ知らないなんて。
四月一日は百目鬼の好みを完璧に把握し、弁当まで作ってくれているというのに。
自分の情けなさに、溜息でも吐いてなきゃやっていられない。
仕方なく、百目鬼は最終手段をとることに決めた。
***
──ホワイトデー当日。
期末考査が終わり学校は休みに入った。
そして百目鬼は、四月一日家にいた。
「お前、来るのはいいけど早過ぎ。まだ九時前なんですけど」
四月一日は文句を言いながらもお茶を淹れ、朝食をとっていない百目鬼のために簡単な食事を出してくれた。
なんと出来た恋人であろう。
百目鬼は世間様にこの四月一日を披露して回りたくなった。
「それで?今日は何だよ。何か約束してたっけ?」
忘れてた?
と首を傾げる四月一日は超絶可愛い。
それはもう、どんな女の子も敵わないほど可愛い。
「今日はホワイトデーだろ」
百目鬼が焼いた鮭を口にしながら言えば、益々四月一日は不思議そうな表情をする。
「暦の上では、確かにホワイトデーだけど。だから何だよ」
「お返し」
「は?」
「だから、先月のバレンタインのお返しをしに来た」
「ああ、そういうこと!…て、百目鬼が?」
四月一日は百目鬼の顔を繁々見詰め、意外そうに目を見開いた。
少々失礼な気もするが。
「何くれるんだよ。見たとこ荷物らしきものは見当たらないけど」
「(ギクリ)」
「おい。今の(ギクリ)って何だ」
「別に。それより、何かして欲しいことはないのか」
「話逸らしやがった。まあいいけど。お前の言うお返しって、それ?」
呆れたように問われて、百目鬼はこくりと頷く。
百目鬼がとった最終手段。
それは、“四月一日の望みを何でも訊いてやる”こと。
本当は“一緒にいる”がよかったが、“望みを何でも訊いてやる”を言い訳にすれば簡単に叶うことに気付いたというわけだ。
ずるい気がしないわけでもない。
けれど変な所で純粋な四月一日は、百目鬼の言葉を素直に飲み込んだ。
「何でもいいの?」
「出来ることならな」
何だか四月一日を騙しているような気分になるが、ここは我慢。
兎に角四月一日と一日一緒にいられればそれでいい。
百目鬼はすでに、ホワイトデーの趣旨を捻じ曲げていた。
「うーん…して欲しいことかぁ…。本と服の整理はこの間済ませちゃったし、掃除も洗濯も終わってるし、買い物も昼分まで買ってあるしなぁ…」
そんな百目鬼の思惑など露知らず。
四月一日は腕組みをして考える。
「あえていうなら、夕飯の買出しの時、荷物持ちして欲しいくらいかな」
が、特に何も思いつかなかったらしい。
いつもと差して変わらないことを頼まれる。
「それは構わないが、もっと他にないのか。具体的に欲しいものとかでもいい」
「急にそんなこと言われても、咄嗟に思い付かないよ。俺、あんま物欲ないしさぁ」
そう。
四月一日はあまり物欲が強くない。
というより、甘えることを知らないのだ。
幼い頃から一人で生きてきたためか、何かに縋ろうという意志が弱い。
だから百目鬼は、自分が四月一日の糧になりたいといつも願ってきた。
四月一日が生きるための道標になれたら、と。
「──…あ」
──しばらく考えていた四月一日だったが、突然何かを思い付いたのか嬉しそうな微笑を浮かべて百目鬼を見上げた。
「じゃあ一個だけ」
クスクスと笑いながら、人差し指を口許に運ぶ四月一日。
一個といわず、いくらでも我侭をいていいのにと不満げな百目鬼だったが、首を傾げて先を促す。
「今日一日、一緒にいて?」
だが、その言葉に目を見開いた。
「期末も終わったし、来週から百目鬼は部活だろ?のんびり出来る休日もないだろうから、今日一日は百目鬼といたい」
駄目かな、なんて首を傾げて可愛く問うて来る四月一日。
勿論、断ることなど有り得ない。
そもそもそれが百目鬼の願いでもあるのだから。
「喜んで」
それにこんなに素直な四月一日も珍しい。
答えながら可愛い恋人を腕の中に閉じ込め、百目鬼は薄く笑った。
考えることは結局、同じ。
【終】 2008.3.14
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