かきもの

□朔望の月・望
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邪竜との戦いで負傷し意識不明、生死の境を彷徨っていたザックが。

・・・ザックが目を覚ました。

リアムが兵舎全域に届いたんじゃないかと思わせるほどの大声で泣いた事で、何事かと見回りに来た騎士達から、その吉報は星波の島の騎士団に伝わる事になった。

深夜にも関わらずザックの病室はザックの回復を喜び見舞おうとする兵舎の騎士達でぎゅうぎゅう詰めになり、見兼ねたカティアが騎士団長のクライヴだけを病室に入れて、ザックに面会をさせたのが一時間前。

「うぅ・・せんせい、まだ、おわらないの・・・?」

「リアム、俺は大丈夫だから、ね?」

ザックにしがみついたままむずがるおねむのリアムを、ザックはよしよしとあやしてやる。

「我慢なさい。大事を取っておきたいのよ」

ザックの脈をとったり、ペンライトで瞳孔の動きを診ながら、カティアはリアムをたしなめた。

たしなめながら、カティアはリアムがザックにボディタッチで甘える様子をしっかり目に焼き付けていた。

「カティアさん、俺・・・」

「わかるわ。ザック・・・ごめんなさい。あなたにばかり、重荷を背負わせてしまって」

ザックの右手の甲に浮かぶ支配の紋章。
カティアの計らいで右手には包帯が巻かれ、紋章は人目につかないようにしていた。

「再生能力の強化は本当なのね。左腕の骨が再生している。動かしても大丈夫よ」

「ザック、痛くないの?」

「痛くないよ。大丈夫」

「よかった・・・」

リアムはザックの胸に顔を寄せた。
跳ねっ毛がすりすりとザックの胸を撫で回す。

それ自身が意思を持っているかのように人知を越えた動きを見せる幼いリアムの跳ねっ毛を、ザックはもう気にしなくなっていた。

「もう、無茶なこと、しない?」

また、恐怖の感情がぶり返してきたのか、リアムは先程から何かをザックに聞いては安心し、また、不安にかられ問いかけることを繰り返していた。

(前に俺が風邪で寝込んだ時も、リアムは片時も離れようとしなかったっけ・・・)

泣きそうに目を潤ませて離れようとしないリアムの姿に、弱気な所は良く似ている、とザックは感じた。

「リアム、大丈夫だよ。もうしないから」

早死にはしないと、支配の紋章にも約束したのだから。

「リアムが眠らないと、俺も安心して眠れないよ。おやすみの準備をしておいで?その間に、俺はカティアさんと話をするから」

「ん・・・お風呂も行ってくる」

「行ってらっしゃい」

リアムは名残惜しそうな表情を浮かべて、ザックから離れると、アメニティを持って部屋の外に出ていった。

「あなたが眠っている間に、あの子は話してくれたわ。自分が何者なのか」

カティアはその時から、葛藤していた。
自分が行なう治療は、今、自分と接している幼い心のリアムを殺すに等しい行為だった。

本当に、彼を殺さなければ、リアムの肉体を救えないのか。

まだ、カティアの研究は解を得てはいなかった。

「リアム達で話し合ったって聞きました。俺は、二人の決めごとに口を挟むことはできませんから」

「まだ、時間はあるわ。納得いくまで、やらせて頂戴」

「リアムの痛み止めの薬をつくる為の採血は、行うんですか?」

ザックのソウルは二人のつがいの紋章を通じてリアムに捧げられるとして。

「体液を摂取できない時のために、予備として備える程度で充分ではないかしら。毎日、あなたがどれほどソウルを捧げるのか、まだわからないでしょう?」

一度に大量にソウルを失うことは危険を孕む。
ザックは身をもって体験済みだった。

「再生能力はあくまでも肉体を再生するだけね。ソウルがかなり減少しているから、これは静養による回復が必要になるわ」

ザックの血液に薬品を混ぜ、変色の様子でソウルの数量を予測し、カティアはそう判断した。

「日常生活に支障は無いけれど、揉め事になりそうなら裸足で逃げなさい。良くって?」

「わかりました」

「しばらくはアレも控えなさい」

「え・・・なんで・・・やだ」

今晩にも早速リアムと愛の交歓をするつもりだったザックの口から本音がこぼれる。

「ソウルが足りないって言ったばかりでしょ!?死にたいの!?」

カティアは目くじらを上げてキレてみせて。

「テクノブレイクを起こした時のためにここであなたがたを見張っていてもいいならヤっても良いわよ?」

「やりません!」

ザックはぶんぶんと首を横に振った。

「ザック、ただいま!」

歯磨きと身体の湯浴みを済ませたリアムが帰ってきた。

「お帰り、リアム。・・・カティアさん、俺が今決めなきゃいけない事はありますか?」

「そうね。・・・また、明日来るわ。おやすみなさい、ふたりとも」

万一ザックの容態が急変した時のために、伝声のルーンを置いて、カティアはザックの病室から出て行った。

「おいで、リアム。アレはカティアさんに止められたけど、一緒に寝ても構わないって」

ザックはベッドの端に寄ると、空いたスペースをぽんぽんして彼を招いた。

リアムは頷くと、ザックの隣に身体を寄せる。
ザックの鼻をリアムのシャンプーの香りがくすぐった。

「しないのか?なんでだ?」

「俺のソウルが足りないから、元気になるまでは控えろって」

ザックは右手でリアムを抱き寄せると、啄むように彼の唇を吸った。

「だから今日はこれで我慢して」

「んぅ・・・もっと」

リアムはザックの首に両腕を回して抱きつくと、彼の口内を舌先で開いてたっぷりと甘い蜜を吸いとった。

「したかったのに」

「退院が遅れるのも嫌だから、カティアさんに従おう」

「したかったのに」

リアムはザックの胸に顔を寄せた。跳ねっ毛が不満気に、ザックの胸をツンツンしている。

「ヘソ曲げないで、可愛い俺のリアム。明後日にはお出掛けできるから」

ザックはリアムは頭を撫でて宥めてやる。

無理をしなければ、数時間は近場であれば外出しても良いとカティアはクライヴが同席していた時に話してくれたのだ。

「本当か?何処に行く?」

リアムはパッと笑顔になると、ザックに問いかけた。

「リアムがルーンをもらってきてくれた雑貨屋のお婆さんの所に行こう」

「ぁ・・・」

返すって約束したのに。
リアムはしゅんと悄気た表情をした。

「ばぁちゃんに、ルーン、返す約束、したのに・・・」

「リアムの贈り物のおかげで、俺は助かったよ。そのお礼もしたいんだ」

「そうだよな。わかった」

ザックはしょんぼりするリアムの額にキスをした。

「ねぇ、可愛いリアム。聞いても良い?」

「ナニ?」

おでこのキスと、頭を撫でてくれるザックの手のひらが気持ちいい。
リアムはザックの胸に顔を押し付け目を閉じると、微睡み始めた。

「リアム、紋章の事だけど」

リアムが眠ってしまう前に、ザックは慌てて問いかけた。

「俺は君に命を与えることになったんだよね。それは、毎日、どれほどの量になる?」

「おれの大好きなザックのミルクが、からっぽになるまで」

「あぁ」

幼いリアムの嗜好が大人のリアムに染まっていく。
ザックはげんなりした。

「イヤ?」

「いやじゃないよ」

「ふふ。ザックはもっとしょうじきに生きろ?楽しくなるぞ、人生」

リアムは身体をひねり、ザックの上に跨がった。

「おれがしょうじきにしてやる」

「ぁっ」

リアムの手が、ザックのモノを包み、優しく扱き始めた。

「むぅ、なんでおっきしないんだ?」

しばらくして、リアムはムッとした表情でザックの顔を覗きこんだ。
跳ねっ毛がザックの額を不満気にツンツン叩いている。

「言ったじゃん。今日はできないって」

「せんせいは正しかったのか・・・」

リアムは跨がったまま、ザックの首筋に甘噛みした。

「なら、こっちからいただく」

「リアム、待って、・・・あ」

はぁ、とリアムの吐息がザックの首筋にかかり。
ちく、と一瞬の痛みの後にじん、と甘い快楽が首筋から身体中に疼きを伴い広がっていった。

「あ、ぁ・・・」

身体が溶けていくような、不思議な感覚。
ザックはリアムの頭を抱き、目を閉じた。

このまま、ひとつになれればいいのに。
そうすれば、ずっと一緒にいられるのに。
ザックは自分の命がリアムの中に交ざっていくその行為に微かな喜びを感じ始めていた。

ふぅ、とリアムは満足そうに溜め息をつくと、ザックの首筋から口を離した。

「もう、いいの?」

「ごちそうさま」

ザックの首筋の噛み跡にキスをして、リアムは身体を横たえた。

「前のときより、短かったけどいいの?」

「ん?」

リアムはペロッと舌を出した。

「前は、嬉しくて吸いすぎた。はんせいはしているぞ!」

「まったくもう。寝るよ、リアム」

ザックは溜め息をついて、目を閉じた。

・・・・・・・・・
・・・・・・



ザックが目覚めた翌々日。

「ばぁちゃん、元気にしてるかな?」

リアムは日除けに麦わら帽子、若草色の短パン、ヘソ出しの白の半袖シャツという、星波の島の若者ファッションで兵舎を飛び出した。
星波の島はとても蒸し暑いため、島の男子が好むシャツだ。
ざっくりと胸を隠す高さのラインのシャツ。

胸フェチのザックには眼福のシャツだった。

「邪竜の討伐から、一週間か・・・」

ザックにしては討伐から冥府での支配の紋章との邂逅、そして目覚めまでは一瞬の出来事だったが、リアムにとってはそうではないらしかった。

意識を取り戻した翌日もリアムは騎士の公務を放り出してザックに尽きっきりになろうとしてクライヴに叱られ、休みの時間は食事を抜いてでもザックの病室に見舞いに来て離れまいとしたのだから。

「ザック、ほら」

リアムは頭に被っていた麦わら帽子をザックの頭に乗せた。

「ありがとう」

帽子のいずまいを正して、ザックは空を見上げた。

この上ない好天だ。
太陽が眩しい。

「暑いな・・・」

ザックは長袖のワイシャツのボタンを一つ緩めた。

「それじゃリアム、案内してくれるかな?」

うむ、とリアムは頷いて、ザックの手を取った。

「明日から、お祭りだ。間に合って良かったな!」

「そうだね。最初は日程をずらすなんて話していたけど、畏れ多いよ・・・」

邪竜を倒したのは騎士団の騎士たちなのだから、自分の事なんて気にしなければ良いのに。
ザックは所在無げに首のチェーンを撫でる。

「ザックが逆鱗を剥がしたから、あの後の邪竜の攻撃が弱くなったんだ。ザックがえぇと、えむぶいぴー?だからもっと胸をはって良いんだぞ?」

リアムはそれから腕を組んで、フム、とザックの身体をジロジロ見た。

「なんだよ」

「すまない、ザックにははるおムネが無かったな!」

「うるさいぞ!変態アホ毛サイコパス!」

まるでザックを女の子のような扱いをしながらリアムはニヤニヤした。

「せんせいもお許しをくれたし、今日の夜が楽しみだ!」

(・・・今朝も咥えに来たくせに)

ザックはご機嫌そうなリアムの姿に黙っていることにした。

「あれだ!ばぁちゃんの店!」

リアムはパッと駆け出すと、店の中に飛び込んで行った。

商店街の外れにひっそり建っている小さなお店。
入り口前に置かれるパワーストーンのバラ売りが無ければ、一軒家と間違えてもおかしくない。

「へぇ」

ザックは色とりどりのパワーストーンを手に取る。
一つ一つ丁寧に磨かれた様々な大きさの石。

穴の開いたものは、組み合わせてブレスレットやペンダントにもしてくれるようだ。

「ザック!何してるんだ、はやくはやく!」

店の中からリアムが戻ってくる。ザックの手を引いた。

「ちょ、ちょっと、リアム?」

リアムに引きずり込まれるカタチで、ザックは店の中に入った。

「こ、こんにちは・・・」

様々な日用品。島の特産品を使った雑貨。
アクセサリーに、麻や綿を色鮮やかに染め上げた衣類。

ザックの好奇心を惹き付けるものばかりだ。

「こんにちは」

挨拶も忘れて商品に見入るザックに、店主のおばあさんが声をかけた。

「ぁ、こ、こんにちは」

ザックは、牛の角をもった魔族の老婆に警戒したが、リアムがニコニコ顔で甘える姿にすぐに警戒を解いた。

リアムの言う通りなら、彼女がお守りと称して支配の紋章をリアムに持たせ、結果としてザックを救った恩人、なのだから。

「ばぁちゃん、紹介するぞ!ザックだ。おれのよめなんだ!」

「もう、リアムは・・・すみません、やんちゃ盛りだから・・・」

ザックは老婆に頭を下げた。

「ザックです。リアムがお世話になってます」

「おや、幸運の蒼い兎さん。ありがとう。礼儀正しいね」

「んぅ?・・・ばぁちゃん?」

「・・・」

キョトンとした表情をするリアムに何も言えずに、ザックはぎゅっと首のチェーンを握りしめた。

「ザック?」

険しい表情をするザックの手を、リアムは握った。

「あぁ、ごめんなさいね、悪口を言うつもりじゃなかったんだよ。そんな顔をしないでおくれ・・・」

心から申し訳なさそうにする老婆に、ザックははっとして首を振った。

「すみません。俺、どうしても・・・」

家の事を引き合いに出されると緊張してしまう。

「ばぁちゃん、ザックのこと、知ってるの?」

「俺の家系は代々商いをやって生計を立ててきているから。おばあさんが俺を知っていてもおかしくないよ」

幸運の蒼い兎。
彼女ははっきりとザックの身の回りを言い当てた。
ザックの正体を知っているのだ。

それでも。

「おばあさん。俺、あなたのおかげで、命を救われました。ありがとうございました」

ザックは彼女にもう一度頭を下げた。

「ばぁちゃん、ごめんなさい、ルーン、返せなくなっちゃった・・・」

「いいんだよ。ぼうや、恋人が助かって良かったね?」

老婆は大きな手でリアムの頭を撫でた。

「うん!」

満面の笑顔で頷くリアムに、ザックは嫌な感情が消えていくのを感じた。

「リアムがご馳走になりました。これ、貰ってください」

ザックは老婆にお土産の菓子箱を手渡した。

「おや、ありがとう」

「ばぁちゃん、ザックは料理が上手なんだぞ?」

老婆は口許を綻ばせた。

「おや、タルトタタン。ばぁちゃん、タルトタタンが大好きなんだよ。ありがとう。本当にうれしいよ」

老婆はザックのお土産のタルトタタンを箱から出してテーブルに置いた。

「おぉ・・・」

ほろ苦く煮付けられた甘酸っぱい蜜漬けりんごがタルト生地の中で食べてとリアムに訴えかけてきている。

「早速食べても良いかい?」

もちろんです、とザックは頷いた。

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