かきもの

□朔望の月・朔
2ページ/31ページ



ある、日差しの強い春のことだった。

その日、ザックはいつものように家事作業をこなしていた。

掃除に洗濯、草むしり。
飛行島に来たばかりの頃はまだ不馴れでリアムと二人三脚の作業だったそれらも、今では一人でだってすぐに終わらせる事ができるようになった。





一週間ほど前。
リアムはザックを残して、討伐の任務の遂行のために、星波の島に出発した。
任務の予定期間は移動日を含めて三週間。



・・・魔物の出現場所は判明しているから、討伐に時間はそれほどかからないはず・・・

リアムは常夏クラスの暑さの星波の島で、密かにサーフィンをしようと目論んでいた。

以前に受けた任務の報酬代わりに譲り受けたサーフボードは一級品で。
リアムはすぐに波を繰り乗り回すサーフィンに夢中になった。



いつもザックを一人で島に残すことにも申し訳ない気持ちがあったから。

後からザックも星波の島に渡って、一緒に観光しないか、と誘ってみた。

ザックも嬉しそうに、じゃあ後から行くね、なんて話をまとめてリアムを送り出し。



サーフィンが好きなリアムが、討伐後の楽しみにサーフボードを持ち込もうとして、本分を忘れるなと同行者で憧れのクライヴに激怒された。

リアムがしょんぼりしながら家にボードを置きに帰ってきたのをザックが宥め透かして慰めて、後で持って行くからと約束してから、一緒に騎士団に行ったのが一週間前だった。

一通りの家事は済ませて、しばらく旅行で家を離れることも飛行島のオーナーである赤髪の剣士と魔道士アイリス、白猫のキャトラに伝えて。

ザックもそろそろ、明日にでも出発しようとリュックの中身を準備を始めた時。






騎士団の人たちが、家に訪ねてきた。

何事だろうとキョトンとするザックは残酷な宣告を受けた。



討伐に失敗した、と。



魔物をある程度駆逐できたが、最後に残った魔物が恐ろしい邪竜だった。

邪竜は狂暴で脅威的な強さをもつ個体種だった。

炎を吐き、尻尾に毒を持つという想定外の強さをもつ邪竜に太刀打ち出来ず、騎士団は全滅寸前に追い込まれ、何とか部隊を帰して逃げて来たのだと言う。

戦場を引き揚げる時に、リアムは最後まで邪竜の前で囮になり、傷付いた騎士団の仲間が逃げるまで戦い続けた。

邪竜を一時的に追い払いは出来たが、邪竜の毒を受けたリアムは倒れた。

解毒のルーンによって一命は取り留めたものの、リアムの身体には毒のダメージが残り、意識は戻らず危険な状態には変わらないのだという。

リアムが倒れてから伝令役の騎士団の人がここに来るまでの間。

リアムが意識を取り戻したという報告はまだ、来ていないそうだ。



邪竜に一人で立ち向かった。

それを聞いたとき、ザックはその行為は本当にリアムらしい、と誇らしく思った。

戦いに赴く際は先陣を斬り、退く際には危険な殿を勤めるから。

その姿にザックは何度と無く助けられ、また同時に彼の背中を守ってきた。

でも。


それで自分が討たれるなんて、意味無いじゃん。

ガクガクと、ザックの身体が震え出す。


リアムが、邪竜の毒で意識を失い危篤な状態になっている。



騎士団の人の言葉の意味を理解して。
ザックの顔からさーっと血の気が引いた。



どさっ。

何かが倒れる音を傍から聴いてあぁ、直さなきゃなんて思って。

思いながら。

ザックはそのまま、意識を失った。











・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・



ザックが気が付いた時、ベッドの布団の上に寝かされていた。

「おはよう。災難だったわね」

「カティアさん?」

飛行島の医者。マッドなプロフェッサー。
カティアはザックのまぶたを指で開いて光を当てる。

「意識の混濁は無さそうね。頭も打ってないし、起きて良いわよ」

ザックの目がきちんと光に合わせて動くのを確かめ、カティアはペンライトをしまった。

「カティアさん・・・ここ、うち・・・、なんで?」

ザックは言われるまま、身体を起こした。

「あなた、倒れたのよ」

「・・・」

ザックは倒れる前に、騎士達が説明したことを思い出した。

「準備をしたら、出発するわよ?」

「出発?」

「星波の島。行かないの?」

「行きます。連れて行ってください」

カティアはこくりとうなずいて、ザックの右腕にひんやりする消毒剤を染み込ませた綿を塗り付けた。

「星波の島に行く前に、採血しておくわ。リアムの身体の治療薬の為にね」

ザックには採血の理由はわかっている。
リアムの治療。

その一環に、リアムの弱まったソウルを補うためにザックのソウルを分ける項目があった。
それによって、リアムの命を支える。延命する。

ソウルを抽出した薬を造るために、ザックの体液が必要なのだと。
その中でも、命に深く結び付いた血液と精液が、効果が高いそうだ。

だから、採血する。

「ブスリといくわよ?」

カティアは躊躇いなく注射針をザックの手首に突き刺した。

じわじわと血が、注射器の中を満たしていく。

先週。
ザックは何回かにわけて、カティアの指導のもと採血と精液の採集をおこない、治療薬の開発に尽力していた。

ソウルの抽出と結晶化を果たしたそれと鎮痛剤をリアムは持って任務に出発した。

ザックはリアムを助けるためにもっと血を抜いてくれとカティアにお願いした。

間に合わなくなるなら、もっと大量に。少しでも先に研究を進めて欲しいと懇願した。

カティアはザックを諌めた。

限界をこえた体液の採集は、それだけで死に至るのだと。

毎日この量を採血していては、いずれリアムよりザックが先に死ぬときつく諭した。

ザックが死んでは何の意味もないのだと。

リアムが生き残るなら、それでも構わないとザックは思った。

・・・リアムは皆に慕われている。
今だって、カティアはおそらく無償で動いてくれているから。

皆に慕われているリアムが生きてくれることが俺の願いだから・・・

ザックはカティアにお茶を出そうとベッドから身を起こした。

「カティアさん、もう、大丈夫です。お茶、入れますね・・・」

採血されたせいか、視界がふらついて、吐き気がした。

「大丈夫、必要ないわ。今はこれが結晶化するまで待ちなさい」

「リアムは・・・?」

「生きていないなら、私が動くと思う?助けたいんでしょ?行くわよ?」

「・・・」

ザックは、溢れそうになった涙をあわてて拭った。

こんなにも、リアムは皆に愛されてる。それがわかって、嬉しかった。

そして、何も出来ない自分が不甲斐なくて。情けなくて、悔しかった。

暗く虚ろな目をするザックの頭を撫で、カティアは優しく微笑んだ。

「ザック。あなたには、あなたにしか出来ない事があるの。それを果たしに、星波の島に行くのよ。泣くのは、全てに絶望してからでも遅くはなくてよ」

「・・・」

「そんな顔では駄目よ?」

ザックは頷くと、リュックとサーフボードを手にした。


サーフボードは見た目より軽くて。
これがリアムを乗せて波の上を走るなんて信じられなかった。

ともかく、リアムに約束した。
これを持って、会いに行くと。

そして。
何故かはわからない。

ザックは、愛剣のジェットブレードを腰に差し、ルーンギターを抱えた。

リアムは五月蝿いだのヘタクソだの文句を言いながら、それでもいつも最後はザックらしいロックだと誉めてくれた。

練習しなきゃ。
いつも通り。夏休み前に開くライヴの為に。

リアムがそれを楽しみにしていたから。

この首輪のピックにかけても。


俺の魂は、手離さない。


「行くわよ?」

鞄を抱え、カティアさんはザックを促した。

家の戸締まりをして、定期便着場へと向かう。

「ザック!」

着場には、騎士団の人たちと、数名の冒険者たちがいた。
騎士団の中に、白銀の鎧を身に付けたクライヴの姿があった。

「クライヴ先輩?」

「乗ってくれ。高速飛行船を、カモメ君が用意してくれた。島には翌朝には着く。それまで、待っていてくれ」

クライヴはザックとカティアに船を指して示すと、先に飛行船へと向かった。

カティアも飛行船に乗り込む。

「ザックー!」

定期便着場に、キャトラが走ってやってきた。

「キャトラ?」

「アイリスからきいたわ!その、・・・リアムなら大丈夫よ!」

「うん。ありがとう。みんなを心配させてるから、叩き起こして連れ帰ってくるぜ」

キャトラを抱き上げ、ザックは彼女の喉を優しく撫でた。
短い猫の毛と、ごろごろ喉を鳴らす二つの感触にザックの凍える心が暖かくなる。

「ねー、星波の島の干しカニカマ買ってきて?」

キャトラの猫なで声に、ザックはくすり、と笑みをこぼした。

「・・・そっちが目的かよ?・・・ん?干しカニカマ?」

「カニカマを干物にしたやつなんだって!気になるでしょ?」

キャトラはザックの手から降りると、招き猫の様に座った。

「ね、お願い、買ってきて?」

甘えるキャトラに、ザックは肩をすくめて。
幸運の白猫の頭を撫でた。

「わかったわかった。買ってくるよ。・・・しばらく留守にするから、頼むな」

「りょーかいよ!アタシの仲間の集会場に使わせて貰うわね?」

キャトラは前足を上げた。ザックも右手をキャトラの前足に合わせてハイタッチすると、荷物を抱え直した。

「行ってくる。赤髪とアイリスによろしくな!」

「いってらっしゃーい!」

飛行船に乗り込むザックの背中を見ながら、キャトラはほっと息を吐いた。

リアムが大変な事になり、星波の島に向かうために家から出てきたザックは今にも死にそうな顔をしていた。

ザックが元気無いと、みんなも悄気るのよね。

しっかりやんなさいよ!

キャトラは心の中でザックに声援を贈って、アイリスの待つアジトへと向かった。
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ