かきもの

□深淵の底
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定期便は定刻にきちんと茶熊学園に着いた。

潮風をいっぱいに吸い込み、気分を切り替える。

体調の優れないリアムを置いて登校するのは気が引けたけど、俺が今日休むって言い出したらリアムは逆に怒って俺を定期便に投げ込むタイプの性格だから。
リアムが駄目だと思ったら、休んで欲しいと訴えてくる。
それがなくリアム自身が大丈夫だって判断したから。

俺は学生でいてもいい。



教室に入ると、朝独特の張り詰めたひんやりした空気が俺を包み込む。

知り合いはまだ来ていないみたいだ。



出席の確認名簿に記帳する。
サインをして、登校のルーンにソウルを込めて発動させる。
以前は記帳だけだったけど、代筆が後を断たなくなったので二重の登録になったのだ。

これを忘れたら、今日来た意味が全く無くなる。
帰る際に下校のルーンを発動させれば、定期登校日に俺達学園生が最低限やらなきゃいけないことはおしまい。

後は自分が選んだ授業をめいめい受けて帰宅する。

この一連の仕組みを提案して作り上げたのは、俺と同じ学生で、スクールアーツという戦闘術で戦うソウマだった。

スクールという戦闘機関で、彼は生まれた時から過ごしてきたそうで、独特の価値観を持つリアムとはよく取っ組み合いのケンカをしていたものだ。

学園で生活をしていたその頃に起こった騒動がきっかけで、二人は仲良くなったから良かったけど。
同じ教室で授業を受けている間なんて、ギスギスして大変だったっけ。

リアムが登校しなくなった今でも暇があれば飛行島で二人でお茶を飲んでいるのを見かけるし、たまにリアムの家に泊まりに来る。



「・・・俺達のこと、知ってるのかな?」

「知ってるって、何すか?」

「ひゃっ!?」

いきなり背後から声がして、俺はびっくりして椅子から落ちそうになった。

ショートカットの黒髪に水色の瞳の少年が、目をキラキラさせていた。
イタズラを成功させたのが嬉しいらしい。

なんだっけ、気配を消すスクールアーツ。
幽霊部員、だったっけ?

「おはようザック」

「そ、ソウマか。ビックリした。おはよう」

ソウマは俺の隣の席に座った。

「ザックも、今日登校日なんだな」

「あぁ。国語の後すぐ帰るけど」

書き取りと古文の宿題を提出しないといけなかった。

「ソウマに会うの久しぶりだな。勉強、楽しんでるか?」

「みんな、親切だから」

勉強、はソウマのスクールアーツの定義ではクエストのことを指すらしい。
俺もソウマと一緒に『勉強』に出掛けたことがある。

知識が豊富で、学んだことを忘れないソウマのそれには驚かされる。
リアムは実践を伴わない頭でっかちってよく揶揄していたけど。

「そっか。たまには飛行島に来いよ。リアムがさびしがってるから」

「ザックがいるから、平気でしょ」

ソウマはクスクス笑って、鞄から教科書とノートを取り出した。

「な、ナンのこと、カナ?」

「リアムはザックのこと。大好きなんだろ?」

・・・この子は知っていながら泊まりに来ていたのか。
侮れない。

「ソウマ?」

「リアムの行動を見てたら、そうなのかなって。あんたをカレーから庇ったときに、あぁ、そうなんだって」

「カレー事件の事?」

「カレーって、見た目より熱くて、火傷になるから」

俺が高等部の先輩とケンカになった時のこと、だ。
火に掛けられたままだったカレーを顔にかけられそうなって、リアムが俺の前で身を盾にしてくれたのだった。

制服の上でもブクブク沸騰したままのそれはリアムの胸を焼いて。

ソウマの言う通り、リアムは火傷の大怪我を負って3日間寝込み、その後もしばらくリアムの胸には火傷のアザが残った。

もし顔に、目に掛かっていたら失明していたかもしれないのに。
リアムは俺を庇うことを躊躇わなかった。

それがあって、初めて俺はリアムの想いの深さを知った。

『男は無理だよ』って軽々しく言ってしまったことを後悔した。
それ以外にも、学園でリアムの想いを踏みにじり続けてきた事を悟った。
そして、俺がずっと抱えていた胸のモヤモヤの正体にも気が付いた。

ずっとリアムを好きだったこと。
けれど、男を好きになるなんて想像した事なかった俺は、その気持ちをわからないまま色んな女の子と遊んで。関係を持って。

ずっとリアムの想いを知らんぷりしていた。

リアムはそんな俺を許してくれた。
一緒に暮らそうって誘ってくれた。
色んなことを、リアムは教えてくれた。

楽しいこと、嫌なこと、幸せなこと、辛いこと。

気持ちイイこと。全部、教えてくれた。

そして、俺はリアムの恋人になった。

だから、もう俺は、迷わない。

心も身体も、命も全部。
リアムに自分の全てを捧げるって決めたのだった。

リアムが俺をいらないって。
そう、突き放されるまでは。
離れないって決めたのだ。

だから。
リアムが背中の紋章の呪いに苦しんでいる今、少しでも、助けになりたかった。

「ザックたちが飛行島に移ったのは、飛行島が自由だからじゃないのか?」

一緒になるにあたって、飛行島に家を買うから寮を出ろと言ったのは確かにリアムだった。

恋愛のためだったのかなんて考えた事はない。

便利だからって言っていたけど。

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