かきもの

□掌中の玉
2ページ/13ページ

「ねぇ、リアム。このリフどうだ?」

俺が飛行島に住むようになり。結構な時間が過ぎた。



外は雨。

飛行島は赤髪がルーンを使って、幾つかの島々を周回している。

その合間で定期的に水の補給を兼ねて、雨雲の中を停泊する。

今日はその定期日に当たるらしい。


雨粒が窓ガラスを叩いている。
風が吹き付けてはいないので、それほど強い雨ではないようだ。

「・・・ねぇ、聞いてる?」

俺はこの休日を利用して、昨日買ったばかりのファッション雑誌『メンズナイツ』を読んでいた。

騎士の鎧の着こなし、騎士としてのマナー、流行りの音楽、グルメや観光、お薦めの狩場等。

主に読書層は男性若年層だろうが、女性が読んでもまぁ、いい時間潰しになる雑誌。

騎士じゃなくても。読めばタメになる雑誌。

それが『メンズナイツ』だった。

「ねー、リアムってば!」

俺の肩を掴んで、銀髪に蒼い瞳の少年が何か言っている。

ルーンギターを片腕に抱えてきゃんきゃんと子犬みたいに騒いでいるのは、ザック。

この俺の家の住み込み家事手伝い。
掃除に洗濯。ほつれた下着も繕って。
炊事もこなしてくれる。
ザックが炊事をしてくれるようになってから、正直、外食が減って。苦手な食べ物も食べられるようになった。

ペット。構うとムキになってじゃれてくる。
愛玩具。お互いの快楽への志向も相性ピッタリ。

それから。
大事な相棒。パートナー。

恋人。

俺の唯一の所有物。

他の全てを失ったとしても。
彼の手を離しはしない。

ザックがさっきから何か言っている。

「あ?何か言ったか?」

俺は耳栓を外した。

ロックもザックの演奏も嫌いではないが、間近で聴くにはギターの音色はうるさすぎる。

「耳栓、してたのか」

「手首、もっと力抜け。力み過ぎだ」

音が聞こえなくとも、まだ、下手くその域を抜けきらないザックの手つきのぎこちなさは良く解る。

「うぅ・・・リアム、ちゃんと見てるんだな」

「当たり前だろ。言葉で聞いて。見て、覚えろ」

ザックの苦手なFを押さえて示す。

「手首をもっと前に。わかったな?」

「はーい、リアム先生」

ザックはぎこちなく俺の言った通りに指で弦を押さえた。

「ここが、こうなって…ああなって・・・」

「新曲か?」

「再来月にライブやるんだ。練習しないと」

ザックは俺の恋人兼家事手伝いの合間、月の半分を学生としても生活している。
ちなみにその学費は全額俺が払っていた。

ザックはしきりに一緒に茶熊学園に通おうと、一緒にバンドやろうと誘ってくれるが。

どうにも乗り気になれない。

以前に学園であったことはどうでも良かった。

隠していたザックへの想いを明るみにされて笑い者にされたとか、不名誉な事を起こして騎士の資格を剥奪されそうになったとかそんなことはどうでも良かった。

茶熊学園で習えることは自分の糧になる。ザック以外の他人と交流するのは悪いことではなくて。

楽しいことは、理解している。

・・・わかっている。
罪の教団で盲信し続けてきた、司教だけが全てと信じて何も学ぼうとしなかった自分を突きつけられる気がして、吐き気がした。

「リアム?」

ふと、ザックは練習を止めて、俺をじっと覗き込んでいた。

「お腹すいた?おやつ食べる?」

「いや、大丈夫だ。ザック、おいで」

ソファの空席をポンポン叩いて座るように指示すると、ザックはルーンギターの電源を切り、それから俺のとなりに座った。

「何?」

「いや、別になにも」

俺はザックの首の、鎖とピック型のタグのついた黒いレザーの首輪を撫でた。

白いザックの肌と良く似合う。

俺がザックの恋人で。御主人様だと周りに示すために買ってやったものだ。

ザックはモテる。
飛行島のアジトでたまに振る舞うスイーツは飛行島の女子共を虜にしているし、細やかな気配りの出来をアテにする野郎達からも信頼されていた。

だから。不安で。
また、ザックが学園で寮生活をしていたとき、俺との相部屋に戻らなくなった時の様にここに帰らなくなってしまうのが、怖くて。

周囲に。ザックは俺のモノだと。
見せつけたくて。

彼が学園に登校するときに着けてくれれば良かったのに。

ザックは何時も。学園に登校するときだけじゃなく。
小遣い稼ぎに出掛けるときも。買い物に市場に行くときも。

俺と二人きりの時も。

夜、身体を繋げて愛し合うときも。

入浴時と眠りに就く時以外。

いつも、首輪を身に着けてくれている。

「ちゃんと、着けてくれるんだな」

顎の下を優しく撫でると、ザックは気持ち良さそうに目を閉じた。
その姿は、主人に頭を撫でられ丸くなっている柴犬のようだ。

「だって、リアムがプレゼントしてくれたから・・・」

ザックは嬉しそうに微笑んだ。

「俺、本当に嬉しかった・・・」

甘い蜜のように蕩けた笑顔になって、ザックは俺の手を取った。

「いつまでも、俺の立派な御主人様でいてくれよ?」

「当たり前だ。お前こそ、俺のそばを離れるなよ?」

「もちろんだよ、リアム・・・」

あ、まずい。ザックの瞳が、俺を求めて潤んでいた。
したがっているときのザックの瞳だ。



ザックに俺の紋章の呪いが利かなかった。

ザックはそれを『俺を愛して、全部受け入れているから』だと言う。

避妊具無しで受け入れられるようになってから、暇潰しのようにザックから俺を求めてくることが増えた。

だけど。

俺はまだ、ザックを。
彼が俺を受け入れてくれたように。

生まれたままのザックを。ナカに受け入れられないでいる。

「万年発情期め。ギターの練習しろ。俺はメンズナイツを読むのに忙しいんだ」

「むー、わかったよ」

ギターを抱え直したザックは、俺のティーカップに目を向けると。再びギターをソファに置いた。

黙って台所に行き、紅茶を淹れて戻ってくる。

ティーポットの中にはりんごの皮。お茶請けにりんごの蜜漬けをカットして添えてくれる。

「ん、ありがとう」

爽やかな香りのアップルティーを口に運びながら。

時間はゆっくり穏やかに流れていった。
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ