かきもの

□朔望の月・望
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お茶を用意するからね、と老婆は店の奥に消えた。

「ねぇねぇザック。おれも食べてもイイ?」

リアムはじっとタルトタタンを見つめている。
前髪の跳ねっ毛がうずうずするリアムの心境を示しくるくる左右に揺れていた。

「良いけど。おばあさんが戻るまで待つんだよ?」

「いつ作ったんだ?朝ごはんの後?」

「リアムが騎士団の会議に出てる間にサッとね」

目が覚めた翌日には歩ける程度には回復していたから。
コック兵舎たちの仕込みの邪魔にならないように、まな板一枚分のスペースを借りてお菓子を作ったのだ。

「ザックは凄いな。その努力を、勉強にも向けるんだぞ?」

「はいはい。読み書きはちゃんとしますー」

肘で脇腹をツンツンするリアムから顔を背けてザックは適当な返事を返した。

「ぁ、これ良いな・・・」

プイ、とそっぽを向いた拍子に。

ベージュを基本に、端を赤い色合いのグラデーションカラーで織り上げた麻のランチョンマットが、ザックの視界に入った。
青いグラデーションの物とお揃いで買って、飛行島の我が家に持って帰りたい。

値段も手頃だったので、ザックはそれを手に取った。

「なんだそれ?」

「食事をする時に、テーブルを汚さないように敷く物だよ。お土産に買って帰ろうかな、・・・って・・・」

ザックは言葉を失った。

この、目の前のリアムがそれを使う事はない。

間も無く、カティアの薬が完成する。
リアムの紋章の痛みを殺す薬。
・・・このリアムを覚めない眠りにつかせる薬。

「ごめん」

「なんで謝る?」

リアムは苦しげな表情をするザックの肩に手を乗せた。

「だって、リアムは」

リアムはザックの言葉を遮るようににっこりと微笑んだ。

「ザック、ほら。元気だして?おれは、ザックの笑顔が大好きだぞ?」

「うん」

ザックはにじみかけた涙をこらえると、マットを持ったまま笑顔を作った。

「ザック、大丈夫だ。もうひとりのおれは、ここに一緒にいる」

「リアム・・・」

ただ、純真に。
彼は本心からもうひとりの自分の帰還を叶えるために動いている。

以前は渋々不承だったカティアの治療を大人しく受けるようになった。

騎士団の中で、元々の仲間の前で、リアムらしい口調で話すようになった。

いつ、もうひとりのリアムが復帰しても良いように。

(俺は、これで、良いのか?)

幼いはずだった彼が、この二日の間に。
大人に、なろうとしている。

ザックは何も言えずに、ただ、リアムの頬に手を触れた。

「ザック?」

「リアム・・・」

(俺は、リアムを愛してる。二人は、同じリアムだ。変わらない。変わらないはずだ・・・)

胸が、苦しい。

(なら、どうして、こんなに苦しくて、辛いんだ?)

「ザック。大丈夫だ。かれは、ずっと、ザックのそばにいるから」

リアムは、ザックの手を取り、自分の胸に彼の手を合わせた。

「ッ!・・・」

ザックはリアムの胸の鼓動を感じ取ると、静かに目を閉じた。

(ごめんなさい)

ザックは飛び出しかけた言葉を飲み込んだ。

(ごめんなさい、ご主人さま・・・)

「リアム、ありがとう。もう、大丈夫だから・・・」

ザックは手を離した。

「・・・」

リアムは無言で、ザックの瞳を覗きこんだ。

「ザック」

「な、なに?」

何も感情を宿さないリアムの瞳。
自分を拒絶した時と同じ顔色、瞳の輝きに、ザックはたじろいだ。

「おれは、ウソつきは嫌いだ。嘘を吐かれるのも、つかせるのも、キライだ」

リアムはザックの左手を取ると、静かに指を撫でた。

親指、人差し指、中指。

「リアム?」

薬指。小指。

一通りザックの指に手を触れ、リアムは叫んだ。

「ザック!おれが一方的に我慢するのはおかしいと思わないか?」

「えっ!?」

リアムはザックの左手を掲げる。

「ばぁちゃん!おれも指輪を買うぞ!一番いいのを頼む!」

「ちょっと、リアム?」

「ザック」

リアムはザックの左手を口元に引き寄せると、薬指に唇を押し付けた。

「ザック、大好きだ」

「ぁ・・・」

リアムはザックを上目使いで見上げたまま、彼の薬指の爪先を甘噛みした。

「り、リアム、なにして・・・」

「うん!だからおれも、おまえにプロポーズするぞ!」

「ッ!」

リアムの言葉に、ザックはかぁっ、と赤面した。

「おや、おや。ぼうや、大胆だねぇ」

お盆にティーセットを持って戻って来た老婆は、ニコニコ微笑んだ。

「ひとまず、お茶にしようかねぇ」



・・・・・・・・・
・・・・・・


それでね、それでね、とリアムが老婆に話をしている。
そうかい、と老婆はリアムに相槌をうち、二人は休む間も無く話をしていた。

ザックの耳には、それらが別の国の言葉のように素通りして何も残らなかった。

幼いリアムが、プロポーズした。

(・・・プロポーズ・・・された)

それが、自分に何の意味を持つのか暫し理解ができなくて。
やがて、甘い香りのスイカズラのハーブティーがザックの喉を通り漸く、ザックは言葉の意味を理解し始めた。

リアムと一緒になる。
・・・結婚。

飛行島なら、同性だって異種族だって結婚することはできる。

(・・・どうして、こんなに急に?)

まるで頭をガツンとされたみたいに、何も考えが手につかない。

(俺は、リアムと一緒になれる・・・?)

胸が、ぎゅっと締め付けられた。

何もおかしいことはない。
リアムと一緒になる。
それはザックの儚い夢だったから。

叶うことなんて無いと諦めかけた夢。

(それが、叶う、のに・・・)

どうして、こんなに胸が、苦しいのか。

先月飛行島で式を挙げた天使族の男性はプロポーズを受け入れて貰えたとき、嬉しくて舞い上がったと、ザックに話してくれた。

(俺は、嬉しくないのかな?)

・・・それは違うと直ぐに頭の中の気持ちを切り替える。

リアムがプロポーズしてくれた。

嬉しい。

そうだ。嬉しいはず。
嫌な理由なんて無いんだから。

(俺は、うれしいんだ。急に言われたから、整理が付かないだけで、うれしいんだ・・・)

ザックは無理矢理自分の感情をそう結論付けた。

「ぼうや、わかったよ。ばぁちゃんは、ぼうやの味方だからね。おまけだよ。もうひとりのぼうやの選んだ指輪を見せてあげよう」

老婆はテーブルの下から、冊子を取り出した。

輪の幅や細工、用いる宝石や焼き付け等様々なアレンジがなされたアクセサリーの見本がプリントされている。

(あ、いいな、これ)

細いフォルムで、光に当たると朝の藍色に輝くように焼かれたシルバーリング。
飾りや彫刻は無い。
シンプルだが、これならギター演奏の邪魔にもならない。

ザックは思わず冊子に見入った。

(安いなぁ。・・・どうしよう、買いたい)

ザックのおこずかいを圧迫しない、お手頃な金額。

「あの、これ、サイズは・・・?」

ザックが冊子の中のそれを指すと、老婆は驚いた表情をした。

「兎さん、気になるのかい?」

「はい。これ、俺の手持ちで買えるから・・・」

「それはね、もうひとりのぼうやがお願いしているものと、ほとんど同じ物だよ」

老婆の言葉に、ザックは二重に驚いた。

「おばあさん、今、リアムのこと・・・」

「ばぁちゃんは、おれたちを知ってる。ザック、心配いらないぞ」

リアムは何も感情を宿さない目をして答えた。

「そうなんだ。・・・だよな、でなきゃ、ルーンを渡そうなんて考えないよな・・・」

ザックは目を細め、幸せそうに微笑んだ。

「そっか。リアム・・・わかって、くれてるんだ・・・」

ザックが欲しがるだろうモノを、探しだして。選んでくれた。

「もうひとりのぼうやの選んだのは、こちらの、真ん中が濃い焼き付けになっているものだよ」

「あぁ」

焼き付けで値段が変わるのか、こちらはザックの予算を超過していた。

でも、欲しいと思う部分は同じで。

離れていても。
リアムはこんなにも、自分を思ってくれている。

(・・・ご主人さま、うれしいです・・・)

それがわかって、ザックは目を閉じ、涙を拭った。

「リアム、俺、店の中を見てきても良いかな?俺のお菓子、食べて良いから」

ザックはリアムの返事を待たずに席を立った。

(なんか、聞いちゃいけない気がする)

この、幼いリアムが心を込める贈り物。中身を知ってはいけない気がして。

そんな事情が無くても。
ザックはこの店の品揃えに強く惹かれていたから。
もっと、中を見て回りたい。

ザックは店の奥に向かった。

リアムはそそくさするザックの背中を見送った。

「ザック・・・」

リアムは、ザックの表情の変化を見逃さなかった。

リアムの指輪の存在を知った瞬間、表情が明るくなった。
頬に朱がさして、とても、キレイで・・・。まるで・・・

(だめだ。同じ方向付けじゃ、勝てない・・・)

リアムはぎゅっと拳を握った。

「ぼうや、同じ指輪を贈っても、一緒に使ってもらうのは難しいかもしれないよ?」

自分の選ぼうとした指輪をザックは身につけない。
それを察して泣きそうな表情をするリアムに、老婆は助け船を出した。

「えっ?」

「兎さんの左手は一本しかない。だから、指輪はやめて、違うものを贈ったほうが、兎さんは喜ぶかも知れないよ?」

「ばぁちゃん・・・それ、いただきだ!」

リアムはパチンと指をならした。

「でも、何をプレゼントすれば良いんだ?」

「腕輪なんてどうだい?」

「むぅ・・・」

ザックがこんなにアクセサリー好きなんて知らなかった。

(むぅ・・・)

リアムは冊子をじっと見つめる。

(ザックは肌が白いから、明るい方が似合うと思うなぁ・・・)

でも、ザック自身はホワイト、もしくはシルバー等のクールカラーの貴金属を好んで身に着けようとする。

それはザックの愛用のルーンギターと、今しがたの指輪、いつも着ている白いシャツに良く現れていた。

「ばぁちゃん、この石なぁに?」

リアムは蒼くて金の散らされた不透明な石を手にした。

「ラピスラズリだね。昔から、災いが来たら灰色に変化して持ち主に警告すると言われているよ」

「へぇ・・・」

深い海の輝きに満ちた蒼い石。

「キレイだ・・・」

リアムは深夜の砂浜でザックと一緒に過ごした蜜月の時を思い出していた。
あの時の静かに星の光を宿した海原を切り出したような蒼い石。

「おれ、ラピスラズリをプレゼントしたい」

「兎さんにきっと似合うよ。いい選択だね」

老婆は冊子を捲り、ホワイトゴールドの地金の項目を選んだ。

金ほど明るくない、銀ほどクールカラーではない、まろやかな優しいきらめき。

「これなら、金ほど主張しないし、ラピスラズリもキレイでいいんじゃないかねぇ。何をプレゼントしようか。ネックレス?イヤーカフ?ブレスレット?」

「ば、ばぁちゃん。おれ、わかんないよ」

リアムは聞きなれない言葉に目を白黒させる。

老婆はネックレスは首飾り、イヤーカフは耳飾り、ブレスレットは手首につける飾り、と見本を示した。

「むぅ」

(・・・ザックは耳が弱い)

リアムは砂浜で愛し合ったとき、戯れにザックの耳を舐めたら千切れんばかりに思いきりモノを締め付けられた事を思い出した。

「よし。ザックの耳のサイズを計ってくる」

リアムは席を立つと、ルンルン気分で店の品揃えを眺めるザックの元に向かった。

「ザック、気に入ったものはあったか?」

「ぁ、リアム。テーブルクロスも欲しいなぁって考えてた」

ザックは若草色のテーブルクロスをじっと眺めていた。

「ザック、ちょっとじっとしろ」

「え?な、何?」

リアムはザックの肩に手を乗せ抱き寄せると。

はむ、とザックの耳を甘噛みした。

「っ、リ、リアム?」

ゾクッと甘く身体が痺れる感触に、ザックは声を上擦らせた。

「な、なに、して・・・」

「・・・」

リアムは何も言わずに、ザックの耳を舐め回した。

「ぁ、ひゃぅ・・・」

いきなりのリアムの愛撫に、ザックの頭は混乱した。

「ん、んぁ・・・」

リアムの舌が、耳の窪みからゆっくりと耳たぶへスライドし、耳たぶから裏側をしっかりとなぞる。
艶かしいリアムの吐息と熱い舌の動きは、リアムの与えてくれた朝方の快楽をザックに思い出させた。

ザックはぎゅっとリアムにしがみつく。

「リアム・・・」

「ここに、キレイなお飾りをしよう。きっと似合うぞ・・・」

囁きながら、リアムは耳たぶを甘噛みした。

「ぁ、あ・・・リアム、だめぇ・・・」

ザックは身体を震わせながら、顔を背ける。

(これ以上されたら、俺、俺・・・)

ザックは恍惚として、目を細めた。
いたずらっ子の表情をするリアムと目が合い、一瞬で頭に血が昇る。

「い、いいかげんにしろ!」

はっ、と我に返り、ザックはリアムを押し退けた。

「い、いきなりナニすんだよ!変態アホ毛!」

「でも、良かっただろ?」

「うん・・・。っておい」

ここが何処なのか忘れてしまいそうになり、ザックはリアムを睨み付ける。

「赤くなったザックもキレイだ。・・・うん。おれは間違ってない!」

リアムは上機嫌でザックを連れて老婆の元へ戻った。

「もう、なんなんだよ・・・」

いきなり耳を舐められたかと思えばお飾りをどうとか。

ザックはムッとした顔をしながら、それでもリアムに従い老婆の元へ戻った。

「ばぁちゃん、これがいい。石をこっちのに入れ換えて?」

リアムは冊子の中から、一センチ幅の広いホワイトゴールドのイヤーカフに、小さなラピスラズリを散りばめた物を選んだ。

(あ、イヤーカフか。いいな、これ)

どうやらリアムはザックに隠し事をする気は無いらしい。

「一個、試しにつけてごらんよ」

老婆は冊子の見本と石の色違いの商品をリアムに渡した。

「ザック、指輪は被るから無しだ。かわりに、これをプレゼントするから、使って・・・欲しい・・・」

「ありがと、リアム・・・」

ザックはだから耳を舐めたのか、と内心溜め息をつきながら、リアムからイヤーカフを受け取る。

「うん。サイズはぴったりだよ」

老婆が差し出した鏡を覗きこみ、カフの場所を微調整して。

「ありがと、リアム。嬉しいよ」

サイズはぴったりだ。これなら、このまま着けて帰ったっていい。

ご機嫌な表情に戻ったザックに、リアムはホッとしていた。

ホッとして。

リアムは悟った。

(・・・叶わないな・・・)

もうひとりの自分のザックへの、想いの強さ、深さを。

生まれて一月も満たない自分には埋められない二人の絆を。
知ってしまった。

はじめから、そんなこと、わかっていたはずだ。
それでも、それでも。

(欲しいものは、掴み取る)

自分が眠りにつくその日まで、諦めない。

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