ツキウタ。

□恐怖の果に渦巻いて
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「あ、始さん!お疲れ様です」
「ん?あぁ、恋か。お疲れさん」
部隊の共有ルームで1人パソコンで事務作業をしてた始。
そこに現れたのは如月恋。
恋は自分のコップに飲み物を注いで、始の分も忘れずに入れ始の向かい側に座る。


「始さん、どうぞ」
「サンキューな」
「いえいえ、これくらいどうってことないです!」
しばらく他愛もない話をして始は自分の作業を進める。
不定期にチラチラと始は外を見つめる。
共有ルームの窓からは医務室や治療室といったいわゆる病院棟が見える。


「...、始さん。名前さんまだ目を覚まさないんです、よ...ね?」
「あぁ、意識はハッキリしてるんだが...なかなかな...」
ふぅ、とため息をついて悲しそうに目を伏せる始。
恋は机に手をついてガバッと頭を下げる。
「あの日、俺が見つけたのに!!!ちゃんと...っ出来なくて...っ!すいませんでした!」
「恋、頭を上げろ。俺は気にしてないしあれは俺や名前の責任でもある。お前が負い目を感じることは無い」


あの日、数ヶ月前に名前の悲惨な姿を一番先に見つけたのは恋だった。
その場には恋と始の二人しかいなかったものの動揺してしまい動くことが出来なかったことを今でも後悔している。
「俺が...もっと、しっかりしてれば...」
ぐっと拳を握り鼻をすする声が今の始には強く響く。
「恋...」
声をかけてもその場からぴくりとも動かない。
恋は罪悪感に駆られながら今までを過ごしてきたのかと思うと始は何も言えなくなってしまった。


突然バタバタと廊下を駆け抜ける音が聞こえたと思えば共有ルームの扉が開く。


「始さん!!!!名前さんが!」
「始さん、名前さんが目を覚ましました」
「今、春さんと葵さんがついてます!早く行ってあげてください!」

新と駆が息を切らしながら始の元に駆け寄る。
バッと効果音がつきそうなほど勢いよく立ち上がり、病院棟まで全力で駆る始を駆と新はホットした表情で見つめる。

「え、名前さん。目が覚めたの?」
ひとり取り残された恋はポカンとしながらその場に立ち尽くしていた。
「え、なんで恋泣いてるの?」
「そりゃあ、始さんに喝入れられてたんだろ?なぁ、ピンク頭」
「ちっ、ちげえよ!本当に名前さん目が覚めたの!?」
「うん、昼間に容態が急変してからちょっと強い薬を使ったんだって、そしたら思いのほか効いてたまたま様子を見に行った春さんが見つけたんだ」
駆は嬉しそうに恋に話す。
自分の恩師が助かったのだ、そうはせずにいられない。
「ほら、行くぞ恋」
「言われなくても」
目に貯まった涙をゴシゴシと拭き取る恋の腕を引っ張り共有ルームを後にする。


「名前!」
部屋には春と葵の姿がある。
横たわりながらも泣き叫ぶ名前を必死に抑えている。
「...名前...」
「怖いっ、離して...っ、怖いの...っ」
「大丈夫ですよ、名前さん!ここは安全ですから」
「ダメなの、あいつらが、私を殺そうとしてる...っ、ここにいたら殺されるから」
意識はハッキリしているものの体が思うように動くはずもなく、腕に刺さっている点滴の針や治療器具が床にカラカラと落ちる音が聞こえる。


「始...」
「始さん」
「これは...一体?」
「目を覚ましてしばらく何も覚えていなくて、春さんと俺で今までに起こったことを話したんです...そしたら...って、名前さん!まだ起きたらダメですってば」
さすがに大の男2人には叶わないが、葵一人の力では抑えるのがやっとだ。

「名前...」
「は...、じめ?」
「そうだ、俺だ」
始は正面から名前を抱きしめる。
壊れ物に触れるように優しく、けれどそこには力がこもっている。
「ここにはあいつらはいない。お前は何も恐れなくていい」
「でも、怖い...怖いの...」
「怖くない、俺がいてやるから」
ポンポンと名前の頭をなでる。
少し落ち着いたのか座った状態の名前の体の力が抜けていく。
そのままズルズルと始に抱きとめられる状態で名前の目にたまった涙がぼろぼろとあふれ出てくる。


「始...っ、」
「名前、顔を上げろ」
気を使ったのか春や葵はいつの間にか部屋から出ていってしまった。


「とりあえず寝かせるぞ」
「このままでいい、このままでいて」
「...、具合は?」
「体中が痛くてだるくて動かない」
「そうか」
「始、ごめんなさい。何ヶ月もこの状態だって聞いたの、私...っ何も役に立ててなくてごめんなさい」
始にしがみついたままの状態で名前はごめんと連呼する。
パニックになったのはこれも原因じゃないのかとため息をつく。
「いいか、俺はそんなこと気にしてもない」
「...だって、私なんにも...」
「お前はあの日、研修の隊員の命を全部救ったんだ。それだけで名誉だ」
その言葉に名前は強く反応した。
「みんな、助かったんだ...っ、よかった」
「それに怖かったのは、俺の方だ...どんなに過酷な命令や任務以上にお前を失うことに対して恐怖心は拭えない」
抱きしめる手に力が篭る。
普段はこんなこと絶対に口にしない始も流石に弱っていたのか名前にすべて思っていることを打ち明けた。


「これは夢じゃないよな?ちゃんとお前は生きて、ここにいて、俺のそばにいてくれてるよな?」
「始、始...、安心したら、眠くなってきた...」
「そうだな、お前はもう限界だな」
おやすみ、と一言交わして唇にキスをする。
名前は安心しきった様子で、まだ怪我の痛みがあるのか少し顔を歪めつつも今までよりもずっといい顔色をしていた。
その様子を見て始も安心したのかベッドサイドに椅子を出し。
手を握りそのまま眠りについた。



次の日の朝まで5人が廊下で待たされたことはまた別の話。




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