-神に愛されし者-
□第8夜【未来予知とトランプ:後編】
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「僕の魂を光へと…か。
そんなこと、AKUMAの僕には叶わないんだよ」
所変わって、ここは山の頂上。
イリスはカードに記された予知で、神田達の行動を掴んでいた。
おじいさんが自分に向けた言葉に、自嘲気味で零す。
叶えたくても叶えられない…とでもいうように。
「…ま、いいや。
おにいさん達が来るんだったら、こっちも準備しないとね♪」
クルッと180度回転し、そのまま歩き出す。
彼の進んだ先には、自らが攫ったシナデが眠っている。
「…フフッ……おねえさんは…誰にも渡さないよ」
眠る彼女の頬に触れ、目を細めた。
次の瞬間…
「おねえさんはね、僕が…僕がメチャクチャに壊して殺すんだから…!」
弦月の様に口角を上げ、いびつな笑顔を見せるイリス。
彼がシナデに対して抱く“愛”は、歪みに歪んだものだったのだ。
このままでは、彼女に危険が迫ると思われた その時…
『……ん…』
「!」
シナデが身じろぎ、声を漏らす。
どうやら目を覚ましたようだ。
「(やっと起きた、おねえさん…!)」
歪ませていた顔が、年相応の嬉しそうな表情に変わる。
しかも身だしなみを整えながら。
『…う……っ…?』
閉じていた瞼が開き、彼女のオッドアイが垣間見える。
「おねえさん…おねえさん! 大丈夫? 僕の事分かる?」
『…… [こくっ…]
(…イリ…ス…?……なんで…ここに…)』
ホッ…と胸をなで下ろすイリス。
対して彼を見つめ、何かを疑問に思うシナデ。
『(何故…イリスだけ……神田と…ナビは…?
…ナビは…この子を…見てくれている…筈なのに……)』
他から見れば、ただ単にボー…としているだけに思えるが。
「おねえさん、起きれる? 傷痛かったら言ってね……あ、声が出ないんだっけ…」
『……… (傷の事も…声の事も…知ってる……)』
「…おねえさん?」
イリスの言動に疑問が増えていき、表情が少し険しくなるシナデ。
その様子に気付き、イリスが彼女の顔を覗き込んだ。
『……っ…!
(神幻奏歌【ミューズ・ファンタジア】…変幻…心弓〔しんきゅう〕…!)』
「!?」
刹那 シナデのイノセンスが発動され、輝く矢が彼女の手元に。
間髪入れず上体を起こし、イリスを押し倒す形で喉元に矢を突きつけた。
「えっ……お…ねえ…さん?」
『………』
突然の事に驚きを隠せない少年だが、彼女は無言でイリスをみおろす。
月明かりだけが照らす山頂で、異様な雰囲気が2人を包む。
…だが、程なくぶち壊されてしまった。
「……バ〜〜レちゃった♪」
『…!』
彼の“笑顔”によって。
「えいっ!」
『!? がはっ…!』
隙を突き、シナデの喉に手刀を食らわせたイリス。
ピンポイントに傷へ当てられた為、血を吐いてしまった。
手元の弓矢も落ちて、発動が解除される。
イリスの顔に彼女の血がかかるが、ニタリと笑って指を鳴らす。
『ゲッホ…ゴホ…っ……!?』
傷が開いたのか、包帯が赤く滲む。
咳き込んだシナデをお構いなしに、突如現れた男2人。
両腕を掴まれ、身動きを封じられた。
『…はぁ…は……っ… (しまった…)』
「おねえさ〜ん…痛い?
でも、正当防衛ってやつだよね?」
膝をつくシナデを、今度はイリスが見下す。
いびつな笑顔を貼り付けたまま、顔に付いた血をなぞった。
「あーあ、傷開いちゃったね。
おねえさんの血がこぉんなに付いちゃった♪」
『………』
「フフフッ♪」と口角を上げながら、指先の血液を舐める。
それでも顔色は変えないシナデだが。
「……おねえさんってポーカーフェイス? 全然動じないね。
ちょっと面白くないや」
[ピー! ピー!]
「お!」
『…?』
その時、イリスのポケットから音が鳴る。
彼が取り出しのは、先程神田達の所在が記されていたカードだった。
「…フフッ、もうすぐ着くみたいだね。
ナイスタイミングかな?」
『……… (着く…って…?)』
「それじゃ、お願いね♪」
『…!』
指音に感化され、シナデを抑えていた男達がLv.1に 転換【コンバート】
自然と浮かぶアクマに捕まったまま、彼女の体も足がつかなくなった。
『…っ……! (…離せない…!)』
「はーいそのままバックバック〜」
イリスの指示でどんどん後退していく。
やがて止まった場所は、もう足がつくとかの問題ではなかった。
つまり、崖っぷちの奥。
「とうちゃ〜く! さぁおねえさん、問題です。
これからおねえさんはどうなるでしょ〜うか?」
『………』
「まぁ言わなくてもわかるよね…最後になるかもしれないから、教えてあげる。
ここにおにいさん達が向かってるんだ、そろそろ着くっぽいし。
おにいさん達が僕に勝ったら助けてもらえると思うよ。
勝てたらだけどね♪
だからおねえさん…死なない程度に落ちてね?」
『…っ!』
彼の笑顔を合図に、シナデの腕を離したアクマ。
もちろん彼女は、崖下へと落ちていく…かに思えた。
『(神幻奏歌【ミューズ・ファンタジア】…変幻…心弓〔しんきゅう〕…!)』
すぐさまイノセンスを発動し、落下しながらも上のLv.1を破壊。
そして左手に矢を出し、思いっきり山肌に突き刺す。
『…っ!……はぁ…はぁ…はぁ…』
摺れながらも、落下途中でなんとか止まった。
「おぉ〜すっごい!! おねえさん凄いよー!
僕はおねえさんのこと予知できないから、こんな結果になるなんてビックリした!」
『…はぁ…は…… (予知…できない…?)』
上で拍手をするイリス。
凄いとか言ってるが、本当かどうか微妙な所だ。
どちらにしても、予知が出来ない事に感ずいたシナデ。
とその時…
‘…や、やっと着いたさ……ぜぇ…ぜぇ…’
‘さっさとしろバカウサギ!!’
「フフッ、来たね…」
『…! (この声…)』
聞き覚えある声に、上を見あげるシナデ。
イリスは口角を上げ、彼女のいる崖から離れる。
もちろんここに到着したのは、神田ユウとラビだ。
「あ! イリスいたさ!」
「テメェ…アイツはどこだ!」
「アイツ〜? アイツって誰のこと〜?」
「ふざけんな! シナデを返せさ!!」
『…っ… (神田…ナビ…)』
2人の名を呼ぼうにも、声が出せない。
矢を掴んでいる左手に、自然と力が入る。
「フフッだぁいじょうぶ♪
おねえさんは“まだ”死んでないよ。
この頂上のどこかにいるから、探してみたら?
…あぁそうそう、僕は邪魔させても・ら・う・け・ど♪」
またもや彼が指を鳴らすと、Lv.1のアクマがわんさか出てくる。
「一体どんだけいるんさ!?」
「チッ…六幻【ムゲン】、抜刀!」
神田とラビはイノセンスを発動。
手分けしてLv.1を破壊していく。
『(…戦闘の音が…聞こえる……神田達が…戦ってるんだ……自力で…登れれば…!)』
一方シナデは、山肌を掴もうと右手を伸ばす。
しかし、傷を負い 体力も減っている状態。
更に戦闘の地響きで振動しており、思うように登れない。
月の光も届かない崖下で、無闇に動くのはかえって危険だ。
『……く…っ… (私…独りじゃ………ひと…り……?)』
[パァァ…]
『…! (…えっ…ブレス…が…?)』
“独り”という単語を思った時。
左手首のブレスレットが、光を放つ。
『…っ!? (……あ…頭が…痛っ……!!)』
そして突然の頭痛が、彼女を襲う。
矢を掴む力も疎かになってしまった。
だが、それと同時に…
───…何でも独りでやろうとするな!───
───もっと他の奴を……俺を頼れ───
『(……え…?…だ…れ……?)』
音程の低い、男の声が聞こえた。
声に対して嫌な感じはしない。
懐かしく、温かい…なんとなくそう思えた。
『(…この……こ…えは……───)』
もう少しで思い出す…そう感じた刹那。
『…っ…!! (手がっ…)』
さっきの頭痛で握る力が弱まっており、手を滑らせてしまった。
体が、浮遊感と落下に襲われる。
でも体感速度は、極端にゆっくりとなった感覚。
『(…あの…言葉の…意味……)』
落下している事に変わりはない。
なのに、シナデの心に恐怖は無かった。
感情がないのも1つの理由だが。
恐怖や絶望よりも、彼女の心を支配していたもの。
それは…
『(…独りで…抱え込まない……もっと…人を……仲間を……頼れ…)』
先程聞こえた懐かしい声。
言葉の意味が示すもの。
ひとつひとつ考えて……やっと理解できた。
『(…神田と…ナビを…信じる……2人が…気付いてくれるって……信じる…!)』
右手に持ったままの大弓を、空へと向ける。
左手で弦を引き、光の矢と玉を出現させた。
しかしその玉には、鎖が纏わりついている。
幾千及矢[サウザンド・フレッチェ]とは明らかに違う玉。
そして…技の言葉を心中で紡いだ。
『(…神の与えし戒めとなれ…鎖ノ矢[アロー・カテナ]…!)』
*