-血統がない王太子と 血統の消えた王子と 血統を捨てた王女-

□#seh【偽りの死】
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誰も居ない 薄暗い通路。


急いでいたために、靴を履かずじまいだった。

裸足の状態で、石畳を歩き いつもと違う足音。

ひんやりとした冷たさを感じながらも、彼女はひとつ 考えていた。



『(…叔父様に、お聞きしなければ……兄様のことを)』



両こぶしを握り、唇を少し噛む。

【怖い】とは思いながらも、歩みを止めず進んだ。


やがて 視線の先に、赤いカーテンが見えてくる。

そこをくぐれば、すぐに謁見の間。


たどり着いて 一旦止まり、1回深呼吸した。



『…ラミアローゼ、まいりました』



背筋を伸ばし、気持ちを悟られないように。



‘入れ’


『はい…』



部下からの報告が事前にあったからか、許可に時間はかからなかった。

布を手で除け、中へ入る。


瞬間、目に入った人物は 3人。

自分を呼んだ アンドラゴラス。

母の死後、父に娶られた タハミーネ。

そして 万騎長【マルズバーン】の中で、もっとも実力のある将 ヴァフリーズ。


彼等の姿をみて、少女は唐突に理解した。



『(……あぁ…私は……


 叔父上と義母上の見ている前で、ヴァリに斬られて…死ぬのですね……)』



距離をあけて跪き 頭を垂れながら、自らの【死】を悟る。

怯えることも 騒ぐこともなく。



「…変わりはないか、ラミアローゼ」



そんな心中の彼女に、静かに声をかけたアンドラゴラス。

相変わらずの睨むような目つきだが、

ほんの少し 眉を下げていたのを、ヴァフリーズ以外は気付いていない。



『…はい……

 …今回の事で…怪我などは、しておりません…』



俯いたまま 心ここに在らず、の声音で答える。

それに彼は 睨みを濃くしたが、怒ったわけではない。


むしろ 怪訝な、心配そうな感じで。



「…そうか…ならば良い。


 ひとつ、問う。

 お前の兄…ヒルメスがどうなったか、知っておるのか?」


『…!!』



思わず顔を上げそうになったが、体を揺らしただけで 踏みとどまる。

今表情を見られれば、兄の“状態”がバレると 瞬間的に悟ったからだ。


ポタリ…と一筋の汗が、頬を伝い 絨毯の上に落ちる。

一息で心を落ち着かせ、俯いたままに…



『……兄様、は………お亡くなりに、なられました………私を…炎から、庇って……』



大好きなヒルメスのために、生死を偽った。

彼に申し訳ない、と思いながら。

これで兄の命が助かるなら いつか糾弾されてもいい、という覚悟を持って。



「……そうか…死んだのだな。


 妹を庇うとは…心残りは無かったのだろうな」


『!………』



一見、ヒルメスを思うような言葉。

しかし ラミアローゼからしてみれば【死んだ】という事実に、喜んでいる様に 感じてしまった。


そこでどうしても気になるのが【ヒルメスの暗殺】



『…叔父上…私もひとつ、お聞きしたいことがございます。


 …宮の火事は…叔父上が御命令なさった事なのですか…?』


「「!!」」


「!?」



気付けば、弾かれるように問うていた。

アンドラゴラスとタハミーネは目を見開き、ヴァフリーズの隠れ目も開かれている。



「お、王女様!? 何を仰られる…!!」


『…よまいごとではありません、ヴァリ。


 私は、叔父上の兵の話を聞いたのです……

 あの火事が…兄様を殺すためのものだったと…!』



立てている片膝上の手が握られ、拳が出来る。


最後に顔を上げ、薄桃の瞳で 真っ直ぐ王弟を見た。



「(ラミアローゼ…)」



ラミアローゼと血は繋がっていないが、

少なからず 娘としてみているタハミーネは、心配そうな視線をおくる。



「王女様…」



彼女の教育係であるヴァフリーズは、最初こそ咎めたものの 王妃と同じような顔に。

いつも 勉学や剣技から逃げ出してばかりの王女が、

今まで見たことのないぐらい 真剣だったからだ。



「………」



アンドラゴラスはすぐに答えず、間を空ける。


数秒 視線のみが交わる沈黙が続いたが、やがて 口を開いた。



「…そうだ」


『…!!』


「私は、あ奴を殺すために 火を放った。


 お前の言う通りだ」



彼は 特に悪びれる様子もなく、そう語る。

悔やむことは一切無い、死んで当然だったと。


ほんの少し感じていた希望が崩れさり、自然と目を見開いて 息を飲んだ。



『っ……どうして…どうして兄様をっ……!!


 兄様が、何をしたっていうんですか!?』



ついには立ち上がり、大声で叫ぶ。

今も火傷に苦しんでいるであろう 兄を思い、自然と涙が溜まっていた。



「…王女様…殿下“ばかり”を、お責めにならないでください…」


『何故ですか!?

 兄様を弑し奉るなど、ごんご…───』



そこで彼女は 言葉を止めた。



『…ばか、り…?

 “ばかり”…と、いいました、よね? ヴァリ…?


 ……まさ、か…───』



手を振るわせ、口元に手を当てる。


「聡明」と兄が言うほど 頭のきれる王女は、はたまた唐突に 理解してしまった。



「…はい。

 王弟殿下直属の兵らと共に……わたくしめも動いておりました」



ラミアローゼにとって、ヴァフリーズは『とても厳しい人』という認識だった。


でもそれで、彼が嫌いというわけではない。

むしろ 自分のために 懸命に怒ってくれるヴァリを、親の様に信頼していた。



『嘘…そんな、事……どうしてなんですか……ヴァリッッ!!』



だからこそ、裏切られたみたいで 信じられなかった。



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