-緋に映える碧き嵐-

□〜風波静林〜 壱ノ巻【蒼紅 宿命の邂逅!】
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武田軍が無事落城した 次の日。



‘ふんっ! せい! はぁっ!!’



甲斐の中心部に位置する 躑躅ヶ崎館【つつじがさきやかた】

敬意を込めて「お館様」と呼ばれる 武田信玄の“居城”である。


広い敷地内のどこか。

何者かの声と、何かを降る音がともに聞こえる。



「うおぉぉぉあぁぁぁぁっ……てやあぁぁ!!!」



2槍をそれぞれの手で回し、止めた瞬間に前方を薙ぎ払う。

技による風圧が起き、少しの火の粉が 暫く宙を漂った。


さっきから何度も説明しているので、これ以上の紹介はしないが。

今日も今日とて、真田幸村は熱いです。


もうひとつ、館内に響く音。

お盆の上に 急須と湯呑みが乗り、両手に持って運ぶ者。

蒼と翠に輝く、独特の髪色をした女性。


武田の姫 林音。

戦場で身につけていた衣服ではなく、淡い赤の着物を着ている。



『…あら、幸村様ー』



廊下を歩く途中、庭で武器を振りまわす彼に気付いたのだろう。

お盆を右手だけに持ち替え、左手を上げて声をかけた。


因みに、真田氏はあいも変わらず戦闘服である。



「ん? おぉ、りん姫様! お早うございまする!」


『お早う御座います、幸村様。

 いつも朝から元気ですね、貴方は』


「勿論でござりまする!

 この幸村、日々精進を怠るべからず。

 いついかなる時も、お館様とりん姫様をお守りできるようにと!」


『フフッ…確かに。

 戦というのは常日頃、いつ起こるやも予見しえぬ 災厄のようなものです。


 ですが……わたくし、そんなに弱くありませんよ?』



「はっ! そうでございましたな……では、いざという時に 全身全霊をもってお助け致します!」


『えぇ…期待していますよ、幸村様』



槍を持ったまま拳をつくり、心の臓へと押し当てる。

揺らがぬ固き誓いを、表した行動であった。


その心意気をしかと見た林音は、うっすらと微笑む。

返した言葉には“トゲ”があるように見えたが、これは彼女の通常運転なので。


もうひとつ言うと、幸村は“ド”天然なので、トゲすら気付いていないが。


朝…といっても 彼は鍛練を始めてだいぶ経っていたので、そろそろ休憩時。

林音は 持っていたほっこりセットを見せ『お茶にしません?』と提案。

そして勿論「頂戴致します!」と返した真田氏であった。



「ふぅ……いつ頂いても、りん姫様のお茶は美味でございます!」


『褒めたって、今日はみたらし団子ありませんよ』


「本日は無いのでござるか!? 残念でござりまする…」



シュン…と落ち込んだ幸村。


…見間違いだろうか。

頭に犬の耳、お尻に尻尾があるような…



『…今度、作りますからね』



この方も見えてるか分からないが、案外と折れるのが早かった。



「誠でござりますか!?

 有り難き幸せにございます、りん姫様!!!」


『いいえー。 (痛いんですが…)』



嬉しさのあまり、姫の手を掴んで 上下に降る紅い少年。

少々興奮しているので、力が入ってる事に気付かない。

反射的に眉を寄せる林音。



『(…まぁ、仕方ありませんね……)』



フゥ…と苦笑して、小さなため息。


どうも憎めない家臣なのである。



『…!……幸村様、御手をお離し下さいます?

 お茶を入れないといけませんので…』


「…え? あぁ!?

 も、ももももも申し訳御座いませぬ!!!

 某【それがし】我を忘れて 姫様の御手を…!!」



ふと、何かを感じた姫は 少しの間の後 幸村に促した。

もちろん 自分で掴んでいた事に気付いていなかったので、慌てふためく。


彼は天然の他にかなりの 初心【うぶ】で、

普段から女性のちょっとした事でも「破廉恥でござる!!!」とか言い出す。

今回の場合、自らやらかしていたので いつものは言ってないが。



『気にしないでください。

 むしろもう少し女性に慣れませんと、後生 好いた御方ができた時に大変ですよ?』


「…そ、そう申されましても……某は、その……───」



世間話(?)を挟みながら、新しい湯呑みにお茶を注いでいく。

この場に2人しか居ないのに、だ。


ほんの一瞬、風が騒ぐ。



『…なんて 余計なお世話ですね、貴方には。


 そう思いません?“佐助様”』



先程の湯呑みを持ち、彼女自身の左側 幸村とは逆の方へ差し出す。


程なくして、湯呑みは誰かの手に渡った。

鋭い爪仕様の篭手に。



「そうっスね〜……真田の旦那が恋を覚えるのは、まだまだ先の話でしょうしー…」



「頂きま〜す♪」と軽快に述べ、貰ったお茶を口に含む 迷彩柄の忍び装束を来た男性。

武田軍 真田忍び隊 猿飛 佐助。

幸村の右腕的存在であり、武田軍のオカ…世話事を受け持つひとりでもある。



「おう佐助! 戻ったのでござるな!」


「ただいま帰りましたー…ってね。

 りん姫様のお茶の香りで、すぐ場所が分かったっスよ〜」


『まぁ…それは良かったです。

 とりあえず、おかえりなさいませ』



ニコ…と目を細める林音。

こうやって 3人揃って話をしたりするのは、日常の一部だからである。


この後 佐助の仕入れてきた情報により、本日の深夜に 川中島への出陣が決まった。



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