-人精の迫 造られた命-

□Episode.1【二色瞳の少女】
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トラメス歴 2267年。


リーゼ・マクシアに存在する2つの国 ラ・シュガルとア・ジュール。

内のひとつ ア・ジュールは、王族と数多の部族がひしめく統一感の無い国だった。


今は、だが。


そして部族の中でも最大といわれたロンダウ族。

族長 ラーシュの兄弟に当たるひとりの男の妻に、本日赤子が誕生した。

元気な女の子であり、黒に近い深紅の髪色をしている。


…ただ、この時は誰もが知る由もなかった。

この赤子自身も該当する。


彼女の誕生が 自身の存在が、やがて起こりうる世界の命運に巻き込まれていく事を……



* * *



それから4年程経ったある日。

ロンダウ族長とその血族が住む宮殿。


現族長であるラーシュには息子が1人いる。

リイン・ロンダウ、またの名を「革命のウィンガル」

当時6歳である彼が、後の世に語られることとなる別名だが。


この時から既にロンダウ語を習得しており、頭脳の面で天才的な才能を発揮。

だが嫡子として将来有望と噂される一方、リインに近付こうとする輩は多い。

なので、度々姿を隠したりするのが 彼にとって日常になっていた。



「さてと、今日はどうしようかなー…」



宮殿背後に広がる森の大木の上、太い枝に腰を下ろしている少年 リイン。

下では自分を探す使用人が行ったり来たりしているのがよく見える。



「捕まるのめんどくさいし……ん?」



ふと使用人の動向を見ていた彼の視界に、白い鳥と黒い鳥がよぎった。

鳥たちは少年が腰掛けている大木を抜け、森の奥へと飛んでいく。


そこでひとつ、確証を得たリイン。

この森は、以前から人の立ち入りを禁じていた。

理由は“魔物が出るから”だそう。


だが魔物が出るにしては見張りもおらず、防御壁を張っている訳でもない。

今まで、入ってきた試しもなく。

話を聞いた後に現状を見てから「何か変だ」と思っていた。


そして今、魔物がいる“筈”の森に入っていった鳥。

つまり、鳥たちにとって天敵となる生物は 恐らく居ないといっているようなもの。



「…きっとこの先に、何かある…!」



リインの好奇心と探求心に、火が着いてしまった。



───…



リインは 2匹の鳥が飛んでいった方向へ足を進める。

念の為に警戒して入ったが、殺気や異様な雰囲気は感じられない。

むしろ…



「空気が澄んでる…それに、色んな動物がいるなぁー…」



見上げれば木々は高く高く生い茂り、木漏れ日が差している。

虫や鳥のさえずりが響き、心地良く穏やかな雰囲気。

思わず深呼吸したくなるくらいだ。

だが彼にとって今すべき事ではないので、辺りを見回しながら歩を進める。


やがて、水の流れる音が聞こえた。

これは川のせせらぎだと すぐに気付く。


音の方に向かうと案の定、川が流れていた。

底の砂利や魚が見える程透き通っており、深さは膝上程度。

せっかくなので飲んでみた。



「…ぷっは! うまぁ!」



思わず叫んでしまうぐらい美味しかったとか。


口を拭いながら、ふと周りを見たリイン。

すると…



「あれって……家か?」



上流の川沿いに一軒の家が建っていた。

家といっても、山小屋のような小さなものだったが。


よく目を凝らすと、屋根の上にさっき見た白と黒の鳥が留まっていた。

鳥たちはここを目指していたということ。



「!」



その時、小屋の扉が開く。

思わず木陰に隠れたリイン。

静かに様子を伺う事に。



[ピヨピヨ…ピヨ!]


『…こんにちは、ことりさん』


「(…! あいつ、目が……)」



扉から出てきた人物の肩にとまる、2匹の鳥。


深紅…といっても 黒に赤が混ざる髪色で、明らかに自分より年下の少女。

彼女からみて左側の髪の一房は、リインのハネ毛と同じ黄色。


何より目を引いたのは、風が吹いた事により見えた2色の瞳。

左目は黒だが、髪に隠れていた右目は 対照的な白だった。

肩にとまる鳥と同じ。


俗に言うオッドアイというものだが、人によっては不思議がる者 気味悪がる者がいる。

特に後者が多く、そこから察するに恐らく彼女は……



「………」



リインは彼女の瞳、姿から目を逸らさなかった。


そして何を思ったのか、少女の元へ足を進める。

靴が濡れるなんてお構いなしに。



[バシャ!]


『…!?』


[チュンチュンチュン…!]



川に足を入れた事で、大きな音が響く。

水音に気付いた少女は振り向き、肩の鳥は空の彼方へと飛んでいった。


だが、リインは歩みを止めない。

ゆっくり ゆっくり 彼女の元へ進んでいく。



「………」


『…?…??』



やがて足を止めたのは、少女の目の前だった。

少女はおどおどしながら彼を見る。

彼女にとって、人と接するのは慣れていないのだろう。



『っ!? (ぶたれる…!)』



リインの手が動いたことに、ギュッと目を瞑る少女。

ぶたれるのをまず想像してしまうのは、そんな経験が一度でもあったという事。



『……え…?』


「驚かせて悪いな。

 大丈夫……俺は君を傷付けたりしないよ」



予想は外れ リインは少女の頭に手を乗せ、優しく撫でたのだ。


反応を見て分かったのだろう、この子が人を恐れていることを。

傷付けられたことがあるのを。


彼は、少女を忌み嫌うことなんてしなかった。



『…ほんと…? ほんとうに…ぶったりしないのですか…?』


「あぁ、約束する。

 俺はリイン・ロンダウ。君の名前は?」


『……ツイル…ツイル・ロンダウ…です…』


「ツイルか……よし、もうひとつ約束するよ」


『もうひとつ…?』



リインは小指を少女 ツイルに突き出す。

ツイルは恐る恐る、自分の小指を絡めた。



「ツイル、今日から君は俺の妹だ!

 誰の子かなんて、そんなの関係ない。

 ツイルは、俺が守るから……約束だ」


『…!……』



涙はとめどなく溢れて、頬を伝う。

止められない程ぽたぽたと零れた。

だって……「自分を守る」と言ってくれた人が、今まで居るはずもなかったから。


これがきっと、嬉しいときに流れる涙。

ずっとずっと悲しくて泣いていたものとは違う。


少女の心にあった悲しさは消えてしまっていた。

代わりに満ちた希望、前に進む勇気。


ツイルは、自分を否定するのを止めた。



*
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