-人に戻れた屍-

□#001【OCHIMUSHA 〜テルと御魂師〜】
2ページ/4ページ




『───っ…』



梅雨が明けたのかまだなのか 微妙な天候が続くある日。


何の変哲もないアパートの一室で、唐突に目覚めた女性。



『……また、あれ以降が分からなかったな…』



ベッドから起き上がり、溜息をひとつ吐く。


薄く開いた瞼から覗くのは、白縹の瞳。

シーツに届く程の長髪、焦茶に薄茶が混ざる珍しい色。

そして、端正な顔立ち。


彼女の名は、岸田 莉衣花。

調味市 私立黒酢高等学校 2年生。

部活は入っていないが、スポーツ万能でよく助っ人に呼ばれる ちょっとした有名人(本人無自覚)である。



『…ま、いいや。準備しよっと』



立ち上がって、大きく伸びをする。


すると振り返り、何故か笑顔になった。



『おはよ、ルフ』



にこりと微笑む視線の先には、尻尾を振る子犬が。

もとい 種類は狼なのだが、掌に収まるくらいのサイズなので可愛く見える。


といっても“生き物ではない”ので、不思議がられることは少ない。



『今日は大気が不安定か…傘いるかな。


 …普通に帰ってきたら要らない? そっか、ありがと』



テレビを付けて 洗面所で髪を梳かしながら、ひとり喋る。

生き物でないルフは、彼女の守護霊のようなもので。

一般人には視えないし、会話は出来るが 主以外聴こえない。


“能力者”には、みえるかもしれないが。



『(今日は部活の応援も無いし…あ、食材買い足さなきゃ。

 一旦帰って来てから、傘持って買い物行こっと)』



濃紫のブレザーに腕を通し、横と後ろ 合計4房 三つ編みを作っていく。

最後にハーフアップ部分も編んで留め、制服を整え 片耳にイヤホンを付けて完了。


冷蔵庫から紙パック飲料の野菜ジュースを取り出し、ストローを差して、テレビを消す。

戸締りを確認してから、ローファーを履いて ドアを開けた。



『…!』



鍵を閉めていた時、ドアの開く音が聞こえる。

振り向くと、自分より明るい紫のブレザーを着た 金髪の少年だと分かり 思わず笑みが浮かぶ。



『おはよ、テル』



隣に住む 誕生日がくれば3つ下の親戚 花沢 輝気。

幼い頃はよく遊んだり 世話を焼いたりしたので、幼馴染みといっても過言ではないが。



「…おはよ」



気付いた彼は 寝起きの怠さからなのか、短い挨拶の後 通り過ぎる。

話をするでもなく、笑顔もなく。

方向はある程度同じだが、一緒に歩く気は無いようだ。



『…何も言わないのかって? 別に気にしてないよ。

 無理強いするつもりもないし』



髪の毛に埋もれて隠れていたルフが、肩に乗って莉衣花を見上げる。

ジュースを吸いながら、あまり気にしていないような口ぶり。


小さな狼は、一瞬眉が下がったのを見たが。



『…っと、学校遅れちゃうわ』



気を取り直し、アパートの階段を下りる。

既に輝気の姿は周辺にない。


いつの間にか飲み終わったパックを キチンと折り畳みながら、通学路を歩むのだった。



───…



あっという間に時刻は午後4時を過ぎる。


授業もHRも全て終わり、鞄に荷物を詰めている途中。



《ねぇ莉衣花、帰りにゲーセン行かない?》



クラスメイトから、寄り道のお誘い。

男女混ざって後ろに数人いる所から、大人数で行くつもりのようだ。



『(今日は雨降るって言ってたし…)ごめーん、今日は……え…───』



相棒の言葉を思い出し、やんわりと断ろうとした時。


頭に直接響く声に、思わず固まる。

《…? どしたの?》と友達が窺う中、少しの間の後 口を開いた。



『……ごめん、用事があるの。また誘って?』


《そっか、OK〜。じゃあねぇ莉衣花〜》


『またね〜』



先に部屋を出た 皆【みな】に手を振り、片付けを再開。


筆箱を最後に入れて チャックを閉めた後、笑顔が多い彼女にしては 険しい顔つきに。



『ルフ……テルが危ないかもって、どういうこと?』



誰も居ない教室で、独り零す。


嫌な予感が膨れていく中、お付きの知らせに 耳を傾けた。



*
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ